東北地方は商品や公共施設の名称に地元の方言を活用することが盛んです。福島県は他県に比べるとそうした事例が少ないようです。東北の中では最も関東に近く「福島は方言色が薄い」(実際にはそんなことはないのですが)という自県への認識が方言の活用を抑制するのかもしれません。それでも近年は方言に由来する商品名を少しずつ目にするようになりました。【写真】は会津地方の有名なお菓子屋さんが発売したお菓子です。「くいっちい」というのは福島方言で「食べたい(食いたい)」を意味します。~ッチー(または~ッチ)が共通語の「~たい」に対応し,動詞の連用形に接続して見ッチー・飲ミッチなどのように使います。このお菓子にはチーズが入っているので,チーズのチーと「~たい」にあたる~ッチーが懸けてあるわけですね。パッケージの模様も「会津木綿」をイメージしているとのことで地域色満載です。筆者はかつて福島方言の~ッチーについて論文を書いたことがあるので,このお菓子にはとりわけ親近感を感じています。
なぜ「~たい」を~ッチーと言うのか。一見両者には全くつながりがないように思えますが,実はさまざまな発音の変化が重なって福島では「~たい」が~ッチーへと変貌を遂げました。福島方言ではラ行音がナ行音やタダ行音に接続する場合に発音の変化が起こります。このため「取りたい」や「帰りたい」のようなラ行五段動詞でまず~ッチーが発生し,やがてすべての動詞で~ッチーが使われるようになったわけです。
【図】は会津地方を走る只見線沿線での調査結果(グロットグラム[注])です。年配の人に比べ,若い世代ほど~ッチーが多く使われています。「飲む」や「食う」などの五段動詞に~ッチーが接続した言い方は,比較的新しく発生した新方言だったことが分かります。
このお菓子に限らず福島には「また食いっちーなー」と思ってもらえる美味しいものがあふれています。原発事故の影響を懸念される方もいらっしゃるかもしれませんが,実際のところ関係者の血のにじむような努力のおかげで(少なくとも通常の流通品に関しては)その心配はまったくなくなりました(たとえば今年の県産米は,出荷する一千万袋すべてを検査し,基準値を超えたものはひとつも見つかっていません)。皆さん,ぜひ福島へ足を運んで「福島の味」をご賞味ください。
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[注]図のように地点と年齢をクロスして,方言調査の結果を記号であらわす方式をグロットグラムと呼びます。地域差と年齢差を同時に示すことができるので,方言の変化や伝播の様子が理解しやすくなっています。日本方言学が独自に開発した研究方法です。