その看板は,大分県別府市街地の「秋葉通り」と「楠銀天街(くすのきぎんてんがい)」の交差する一角にひっそりと掲げられています【写真1】。
設置したのは,秋葉通り会。2003~2005年度の泉都別府まちづくり支援事業の補助によって製作されたものです。筆者が2009年の秋に訪れた際には,方言看板の左隣に「秋葉三社詣」矢印看板と「あきば三社詣案内図」看板が並んでいました【写真2】。案内図看板に「地図はふじのやタバコ店にあります」との記載があったので,通りを隔てた斜向かいのタバコ店「ふじのや」の奥さんにうかがうと,案内図看板(2003年度),矢印看板(2004年度),方言看板(2005年度)の順に設置されたとのことでした。方言看板にある「宝くじにあたった人がでてきた」ことも,「赤ん坊がうまれて大喜びの若い夫婦がいた」ことも,この界隈で実際に起きた出来事だと話してくれました。
日本有数の温泉地である別府は,街づくりの一環として,温泉街をめぐるウォーキング企画が盛んに催されています。「秋葉三社詣」も,そうした街づくりの機運の高まりの中で,見いだされたものでしょう。その街づくり事業の集大成が,街の身近な出来事を方言で描いた長文の看板だったことは,方言が「地域らしさ」をアピールする手段となることを,よく表していると思います。
秋葉通りと交差して南北に伸びる楠銀天街は,1953年に「当時日本一長いというアーケード街を造り,町名を(楠本町から)楠銀天街と改称」し,「別府の代表的商店街」としてたいへんな賑わいを見せた商店街です(『別府今昔風土記』別府郷土文化史研究会,1977年)。「○○銀天街」という名称の商店街は,1951年に日本初のアーケード商店街として開業した福岡県北九州市小倉の魚町銀天街(うおまちぎんてんがい)を発祥とし,九州北部域を中心に広がっています。「銀天井に輝く商店街」というコンセプトを,1953年にいち早く取り入れた楠銀天街は,当時の商業地の最先端にあったことがうかがえます。
表題の方言看板の「そんうち ええことあるち」は,「そのうちいいことあるよ」の意味です。「いい」を「ええ」というのは,主に近畿・中国・四国方言の特徴で,九州方言では一般的ではありませんが,別府は西日本各地からの移入者が集まる街ですので,設置に関わったメンバーの中に「ええ」を使う人がいたのかもしれません。そうした別府の街の多彩な様相も,この看板からはうかがい知ることができます。
楠銀天街は,2000年代に入ってからは,隣接地に開業した大型ショッピングセンターに集客を奪われ,軒並みシャッター通りとなりつつあります。2014年の秋に再び訪れたその場所には,矢印看板と方言看板のみが残され,案内図看板は消えていました。斜向かいの「ふじのや」の一角は,工事の足場が組まれ,メッシュシートで覆われていました。