三省堂辞書の歩み

第9回 和英大辞典

筆者:
2012年10月10日

和英大辞典

明治29年(1896)10月12日刊行
ブリンクリー、南条文雄、岩崎行親、箕作佳吉、松村任三共編/本文1687頁/菊判(縦219mm、7版以降は縦187mm)

【和英大辞典】5版(明治32年)

【本文1ページめ】

ヘボンの『和英語林集成』(慶応3年初版、明治5年再版、明治19年三版)に比肩しうる本格的な和英辞典。見出しになっている項目は、当時の国語辞典にまだ載っていないような日常語もある。また、動植物名を豊富に掲載し、ラテン語の学名を載せた。用例には、『和英語林集成』と同様にローマ字表記があり、巻頭では英文で23ページにわたって日本語を解説してあるなど、外国人の利用に適している。それでも大正3年(1914)まで13版が出ていて、1963年にはアメリカでリプリント版が刊行された。『和英語林集成』の影響を色濃く残しながら、それを超えるべく口語や類義語に力を注ぎ、現代性を追求した点が最大の特徴である。

編者のブリンクリーは、英字新聞を発行していたジャパン・メイル社の社主・主筆だった。南条は文学博士、岩崎(札幌農学校出身)は農学士。箕作(東京帝国大学教授)は理学博士で動物学の項目を担当、松村(東京帝国大学教授)は理学博士で植物学の項目を担当。さらに、動物学の項目には岸上鎌吉・波江元吉らの協力があった。そして、数学の項目では藤沢利喜太郎の『数学用語英和対訳字書』(明治22年)を参照したという。

●最終項目

Zūzūshi, -i, -ki, ずうずうし, a. [coll.] Audacious; impudent; presumptuous; venturesome.
 Zūzūshii yatsu, ズウズウシイ奴, a presumptuous fellow.

●「猫」の項目

Neko, ねこ, 猫, n. ①[Zoöl.] Cat, Felis domestica. ②[coll.] Singing girl (so named in derision, from their musical instrument samisen being made with cat’s skin).
 Neko wo kaburu, 猫ヲ被ル, [coll.] to put on a mask; to assume an air of innocence, modesty, or honesty; Neko ni katsubushi, 猫ニ鰹節, [coll.] [Prov.] like showing dried fish to a cat (said of an object of irresistible temptation); Neko ni koban, 猫ニ小判, [coll. prov.] [lit.] giving a gold coin to a cat (so valueless to the receiver); throwing pearls before swine.

●「犬」の項目

Inu, いぬ, 犬, 狗, n. [Zoöl.] A dog, Canis familiaris.
 Inu mo arukeba bō ni ataru, 犬モアルケバ棒ニ当ル, [coll. Prov.] [lit.] even a dog, if it roams comes in contact with a stick; i.e. even, a trifling profit cannot be realized by sitting idly at home; Inu wa mon wo mamoru, 犬ハ門を守ル, the dog watchesthe gate; Inu wo keshikakeru, 犬ヲ嗾ケル, to set a dog on; Kai inu ni te wo kamaru, 蓄犬ニ手ヲ噬マル, [lit.] to have the hand bitten by one’s own dog; [fig.] to be betrayed by one’s own dependent.

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筆者プロフィール

境田 稔信 ( さかいだ・としのぶ)

1959年千葉県生まれ。辞書研究家、フリー校正者、日本エディタースクール講師。
共著・共編に『明治期国語辞書大系』(大空社、1997~)、『タイポグラフィの基礎』(誠文堂新光社、2010)がある。

編集部から

2011年11月、三省堂創業130周年を記念し三省堂書店神保町本店にて開催した「三省堂 近代辞書の歴史展」では、たくさんの方からご来場いただきましたこと、企画に関わった側としてお礼申し上げます。期間限定、東京のみの開催でしたので、いらっしゃることができなかった方も多かったのではと思います。また、ご紹介できなかったものもございます。
そこで、このたび、三省堂の辞書の歩みをウェブ上でご覧いただく連載を始めることとしました。
ご執筆は、この方しかいません。
境田稔信さんから、毎月1冊(または1セット)ずつご紹介いただきます。
現在、実物を確認することが難しい資料のため、本文から、最終項目と「猫」「犬」の項目を引用していただくとともに、ウェブ上で本文を見ることができるものには、できるだけリンクを示すこととしました。辞書の世界をぜひお楽しみください。
毎月第2水曜日の公開を予定しております。