社会言語学者の雑記帳

8-2 法律を襲う言語変化(2)

2012年3月12日

このバリエーションについて、これまでの調査からわかってきたことを簡単にまとめてみましょう。まず、サ変と五段のゆれについてです。ゆれているサ変動詞は、「属する」「適する」のように、「漢字一字+する」という構造を持っています。この漢字部分が促音・撥音・長音を含まない場合には五段化しやすい、というのが先行研究での大きな発見の1つです。これにより、例えば「属する」の方が「達する」「反する」よりも五段化されやすくなるわけですね。ただし、こうした法則だけで片が付くわけではなく、動詞によって変わりやすいもの、そうでないものという差があることもわかっています。これに対して、上一段化は五段化のようなはっきりとした法則性が見出されていません。つまり今でも謎のままなわけです(´・ω・)

さらに、五段化という以上、動詞「属する」の未然形「属しない」が「属さない」になるだけではなく、終止・連体形の「属する」も「属す」になるはずですが、これはまだまだ広まっているとは言えなそうです。このように、終止・連体形よりは未然形で五段化しやすいということもすでにわかっています。言葉のバリエーションには社会的要因も大事ですが、この変化では東日本の五段化率が西日本よりも高いという方言差、そして女性が男性より五段化率が高いという性差までが判明しています(`・ω・´)

これでこのバリエーションがどのようなものかは大体わかりました。次に、なぜこれが法律文に見られることがすごいことなのかを説明しましょう。それは大きく分けて2つあります。1つは、制定の過程で法案は数多くのプロフェッショナル達の目に触れてチェックされ続けてきており、変化はそれらの厳しい目をくぐり抜けて生き残っているという事実です。つまり、それほどまでに意識されにくい現象だということですφ(゚Д゚ )フムフム…

「多くのプロフェッショナル」と言いましたが、実際はどういうプロなのでしょう。法律は多くは政府(内閣)が提案して国会で制定される場合が多いのです。こうした内閣立法ですと、まずはその法律が関係する省庁の職員が原案を出し、与党関係者と協議をします。この段階ではその法律が関係する他の省庁との調整も必要ですし、この前の段階で審議会から答申を受けることもあります( ゚Å゚)ホゥ

次に内閣法制局という、まさに法案作成のプロ中のプロが集まった組織で徹底した審査が始まります。この内閣法制局という組織、一見影が薄そうですが、どうしてどうして、「内閣の法律顧問」と呼ぶ本(西川伸一『立法の中枢 知られざる官庁 内閣法制局』)もあるくらいの政府内の実力者です(ΦωΦ)フフフ…

内閣立案の法案作成にあたっての役割はもちろんのこと、国会で政府の法律解釈が問題になる場合には、しばしば内閣法制局長官が答弁することになります(※民主党政権誕生以降、長官の答弁は廃止されてきましたが、最近の報道によればどうやらまた復活することになりそうです)。法案の審査にあたっては、その一字一句が厳しくチェックされ、すでに存在している法律との関係から始まり、条文の並び方、用字や用語のチェックに至るまで、ありとあらゆる観点からミスがないかが調べられるのです。極端なケースでは、修正が入らなかったのは法律の題名と「附則」という文字だけだったということもあったとか(同上書)。実際に法律として公布されてから間違いがあってはなりませんから、その厳しさたるや想像を絶するものがあるわけです(*・`o´・*)ホ―

なお、ここまでは内閣立法の前提で話をしてきましたが、数は少ないものの法律は議員の提案でも作られます(議員立法)。この場合は衆議院・参議院にある法制局が内閣法制局に代わってその役割を果たしますが、いずれにしてもその法案について厳しいチェックの目が光っていることに変わりありません。いずれにしても、法案は最終的に国会に上程され、今度は衆参合わせて700人以上の議員の目に晒されるわけですし、当然その法律が成立した場合に影響を受けるであろう組織・団体も目を光らせているはずです(まあ、もっとも動詞の活用に目を光らせる人は少ないでしょうがw)。これだけのチェックの目をすり抜けて堂々と法律に登場してしまう「属しない」だの「適しない」だの「乗じる」だの「応じる」だのといった革新的な活用をする動詞。これを見て、どうして感動せずにいられましょう。これを可能にしているのは、恐るべき無意識の力です。精神分析学者・ユングの用語をもじって「集団的無意識」と呼びたくなります。多数のプロの厳しいチェックをもすり抜けるほど意識されていない変化だからこそ、注目すべきだと考えられるのです(o´・ω-)b ネッ♪

筆者プロフィール

松田 謙次郎 ( まつだ・けんじろう)

神戸松蔭女子学院大学文学部英語英米文学科、大学院英語学専攻教授。Ph.D.
専攻は社会言語学・変異理論。「人がやらない隙間を探すニッチ言語学」と称して、自然談話データによる日本語諸方言の言語変化・変異現象研究や、国会会議録をコーパスとして使った研究などを専門とする。
『日本のフィールド言語学――新たな学の創造にむけた富山からの提言』(共著、桂書房、2006)、『応用社会言語学を学ぶ人のために』(共著、世界思想社、2001)、『生きたことばをつかまえる――言語変異の観察と分析』(共訳、松柏社、2000)、『国会会議録を使った日本語研究』(編、ひつじ書房、2008)などの業績がある。
URL://sils.shoin.ac.jp/%7Ekenjiro/

編集部から

「社会言語学者の雑記帳」は、「人がやらない隙間を探すニッチ言語学」者・松田謙次郎先生から キワキワな話をたくさん盛り込んで、身のまわりの言語現象やそれをめぐるあんなことやこんなことを展開していただいております。