地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第327回 井上史雄さん:方言のあいさつと方言イメージ―NHK 21世紀のことば―
Dialectal Greetings and Dialect Image ―Words for 21st Century by NHK―

筆者:
2015年5月2日

今回はNHKが2000年から2001年にかけて放送した『21世紀に残したいふるさと日本のことば』を見直します。そのときに各局で集めたふるさとことばの集計データがあります。各県の第1位のことばを見ているうちに、「おおきに」〔ありがとう〕が近畿地方の多くの府県で1位であることに気づきました。他の地方では、具体的な物や動き、感情をさすことばが1位になります。たとえば「あずましい」〔心地よい、英語のcomfortable〕が北海道と青森県で、「おっぺす」〔押す〕が埼玉県と千葉県で、「よだきい」〔大儀な、面倒な〕が大分県と宮崎県で1位です。

【グラフ】県ごと上位5語に占めるあいさつの割合
【グラフ】NHK「21世紀に残したい
ふるさと日本のことば」の
県ごと上位5語に占める
あいさつの割合

第1位だけだと単語の数が少なすぎます。第5位までの単語を集計しました。都道府県ごとに5語のうち何語があいさつなのかを計算したら、見事な結果が出ました。6地方に分けて、平均値を示します【グラフ】。近畿地方は2.9。つまり1県5語のうち3語近くがあいさつです。「おおきに」以外に「まいど」「おいでやす」「おはようお帰り」〔行ってらっしゃい〕、「よろしゅうおあがり」〔お粗末さま=ご馳走さまへの返事〕などが上がっています。

日本の両端は柱が少し高く、東北・北海道は5語のうち平均1.1語、九州は平均0.8語です。東北・北海道は「おばんです」〔今晩は〕、九州は「ありがとう」にあたる言い方が上がっています。しかし関東は平均0.3語で、上位5語の中にほとんどあいさつが出て来ません。方言というと人の心を結び付ける働きを思い浮かべる関西人と、(標準語・共通語を基準に)事物をさす単語の違いを考える関東人との、違いが表れたとも言えます。もっとも、関東のあいさつは方言的特徴が少ないためもありますが。なお中部は平均0.8語、中四国は0.6語でした。

方言イメージは知的イメージと情的イメージに分けられます。情的イメージが高いのは東北地方と近畿、九州などで、あいさつの方言が上位になる場所と一致します。方言グッズも、日本の真ん中と両端に多く見られます。方言について情的プラスイメージを抱いている土地では、人に接するときのあいさつと方言が結びつき、方言グッズも多く作られると考えられます。方言はコミュニケーションの情的部分をになうのです。

【写真】大阪の方言お菓子
【写真】大阪の方言お菓子

関西のあいさつことばは、このシリーズでも何度か登場しています【写真】。方言グッズや方言看板などをたくさん集めると、規則性が見つかるのです(→『魅せる方言 地域語の底力』)。継続は力なり。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 井上 史雄(いのうえ・ふみお)

国立国語研究所客員教授。博士(文学)。専門は、社会言語学・方言学。研究テーマは、現代の「新方言」、方言イメージ、言語の市場価値など。
履歴・業績 //www.tufs.ac.jp/ts/personal/inouef/
英語論文 //dictionary.sanseido-publ.co.jp/affil/person/inoue_fumio/ 
「新方言」の唱導とその一連の研究に対して、第13回金田一京助博士記念賞を受賞。著書に『日本語ウォッチング』(岩波新書)『変わる方言 動く標準語』(ちくま新書)、『日本語の値段』(大修館)、『言語楽さんぽ』『計量的方言区画』『社会方言学論考―新方言の基盤』『経済言語学論考 言語・方言・敬語の値打ち』(以上、明治書院)、『辞典〈新しい日本語〉』(共著、東洋書林)などがある。

『日本語ウォッチング』『経済言語学論考  言語・方言・敬語の値打ち』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。