地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第326回 田中宣廣さん:JAの方言活用から分かる方言の機能

筆者:
2015年4月18日

JA(農業協同組合:農協)での方言の拡張活用例は,方言の機能を分かりやすく教えてくれます。意外と少ない[注1]ものの,最近少しずつ見られます。組合名の方言ネーミングに「JA秋田おばこ」と「JA栗っこ」(宮城県)の2例があります[注2]

【写真1】おらほの農業
【写真1】おらほの農業
(クリックで掲示状況表示:黄色枠内が看板)
よってあべ
【写真2】よってあべ
(クリックで掲示状況表示)

先に用例を見ます。一つ目は岩手県紫波町(しわちょう)のJA岩手中央穀類乾燥調製施設の方言メッセージ「おらほの農業金メダル」〔この地区の農作物は世界一〕です【写真1】。JR東北本線日詰(ひづめ)駅の西隣です。

もう一つは岩手県葛巻町(くずまきまち)江刈(えかり)地区のJA新岩手くずまき楽農センターの方言ネーミング「よってあべ」〔寄って行こう〕です【写真2】[注3]

先の農協での用例の性質の2点(1.元は少ない,2.最近見られる)こそ,方言の拡張活用の機能がよく理解できる事実です。方言の拡張活用の大きな目的は二つ=A.外来者にその土地を印象づける,B.その土地の人にあらためて地域に目を向けてもらう=です。以前,農協には二つとも必要性の低いものでした。農協の基本性質:地域密着が理由です。A関連:農産物の一般的流通経路は[生産者→農協→市場→仲卸→小売→消費者]です。以前,生産者と仲卸以降の業者や消費者との接触は基本的にないことでした。B関連:地域密着が当たり前の農協として,その土地の人にあらためて目を向けてもらう努力はしなくてよいことでした。

それが現在は異なっています。生産物の販売促進には,仲卸や小売業者また消費者に生産環境や生産状況の理解が必要です。直接の取り引きがなくても,その土地を訪れてこれらの用例を目にする人は皆,顧客の有力候補です。それに何より,農協は今や地域密着でなくなっています。両例の組合名「岩手中央」「新岩手」とも,管轄範囲は関係者でないと分かりづらい名称です。以前は市町村単位で農協がありましたが,今は行政の平成の大合併より広い範囲で大規模合併が進みました[注4]。広い岩手県でも7組合です[注5]。そこで方言の「地域に目を向けさせる」機能が注目されました。東日本大震災後の「方言エール」の多発と同様,ふるさとから生まれた方言が,ふるさとのために働いています。

 * 

[注1]農協は農協3事業(経済・信用・共済)から金融機関であり流通事業者です。経営情報学科学生の就職支援のため,私は岩手県内各農協を訪問し,その都度,方言の拡張活用例を注意深く探しています

[注2]全国農業協同組合中央会のウェブサイトより

[注3]JA新岩手には雫石町(しずくいしちょう)に「花牛米菜(かうべな)」もあります

[注4]奈良県と沖縄県は,1県1組合に合併されました

[注5]本文中の2組合と,花巻,岩手ふるさと,岩手江刺,いわて平泉,大船渡市,です

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 田中 宣廣(たなか・のぶひろ)

岩手県立大学 宮古短期大学部 図書館長 教授。博士(文学)。日本語の,アクセント構造の研究を中心に,地域の自然言語の実態を捉え,その構造や使用者の意識,また,形成過程について考察している。東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。東北大学大学院文学研究科博士課程修了。著書『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』(おうふう),『近代日本方言資料[郡誌編]』全8巻(共編著,港の人)など。2006年,『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』により,第34回金田一京助博士記念賞受賞。『Marquis Who’s Who in the World』(マークイズ世界著名人名鑑)掲載。

『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。