地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第325回 大橋敦夫さん:信州方言2万円

筆者:
2015年4月4日

第262回「大阪方言10万円」にならって,長野県方言をあしらった商品がいかほどになるかをまとめてみました。大阪のように,一店舗で10万円を優に超えるというわけには,いきません。ですが,広い県内のあちこちをめぐり,合計すれば,どうやら2万円を超え,京都・愛知・沖縄・青森・岩手の5府県に次ぐことになりそうです。

根拠となる有力な事例としては,第240回「方言ステッカーで交通安全の呼びかけ(長野県飯田市)」で紹介したステッカーがさらに増えていることが挙げられます【写真1】【写真2】。

【写真1】 【写真2】
  上:【写真1】祖父母世代の強い要望で開発された追加バージョン
  下:【写真2】環境への配慮を県民に呼びかけるニューバージョン

飯田弁を活用してきた流れに乗る追加バージョンは,飯田地方で多用される「とる」〔~ている〕「もんで」〔~ので〕を使い,決め文句は「かにや」〔堪忍してください〕となっています。

一方,長野県下で広く親しまれている「ずく」〔気力〕を前面に押し出したニューバージョンは,環境への配慮を呼びかけるものです。

このほか,本サイトでまだ取り上げていない信州方言グッズでは,

「おひょっくり」〔ひょっとこ〕の語を染め抜いた方言手ぬぐい。当地独特のすいとんを「おひょっくり」と呼んでいる。熱い具材をフーフーしながら食べる顔の様子からの命名。……白馬村
「まめったぃ」〔健やかによく働く〕という靴の中敷き……白馬村
「あちゃまおやき」〔あらまあ(おいしい)〕の語を冠した「おやき」(野菜などを具にした蒸かしまんじゅう)……中野市
「じょんのび」〔気楽だ〕という豆菓子……木島平村
「大まくらい」〔大食い〕という洋菓子……信濃町
「おおまくらい」を超大盛りのざるそばのメニューとしている店がある……長野市
「500円でなっちょ!?」〔どうですか?〕という書名のグルメ&スィーツのガイド本……長野市
「ぬっくたい」〔暖かい〕というネクタイ……長野市

などがあり,2万円超えに貢献しています。

全国の各都道府県の状況をつかむには,「方言産業グラフ」(井上史雄氏『経済言語学論考』明治書院2011.12 p.149)が参考になります。それによると,「京都・大阪・愛知,青森県付近,高知,鹿児島,沖縄が上位で,大都市と,国土のはずれという両端に際立」っています。また,個別の事例については,『魅せる方言』(三省堂2013.11)の「第二部 買える方言・買わせる方言」をご覧いただくと,品目や地域の広がりを実感できます。

今日の状況を考えると,私たちのような方言グッズ愛好家の目が行き届きつつあることと,方言を意識的に,積極的に使って,その地域らしさを強くアピールするようになってきたことがあると思われます。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 大橋 敦夫(おおはし・あつお)

上田女子短期大学総合文化学科教授。上智大学国文学科、同大学院国文学博士課程単位取得退学。
専攻は国語史。近代日本語の歴史に興味を持ち、「外から見た日本語」の特質をテーマに、日本語教育に取り組む。共著に『新版文章構成法』(東海大学出版会)、監修したものに『3日でわかる古典文学』(ダイヤモンド社)、『今さら聞けない! 正しい日本語の使い方【総まとめ編】』(永岡書店)がある。

大橋敦夫先生監修の本

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。