災害時における方言の役割や多言語社会における言語支援など,「福祉の言語学」という視点からさまざまな研究と実践が行われています。地域社会に暮らす人々の中には,方言がわからない外国人も含まれます。
(画像はクリックで拡大表示)
そんな外国人を対象に作成されたのが,『災害時命綱カード(方言訳付)』【写真1・2】です。このカードには,災害時に必要となる語彙が掲載されています。これまでに岩手(盛岡)方言訳付,宮城方言訳付,福島方言訳付が発行されました。名刺サイズ,3つ折り,両面印刷で常にポケットに持ち歩き,災害時に必要な語彙とその地方の方言の学習ができるようになっています。災害時に必要な語彙は,現象関連,健康関連,事後行動関連,環境関連に分けられています。ほかに英語訳,中国語訳,韓国語訳が併記されています。
例を見てみましょう。健康関連の「病気」の方言訳は,「ヤメァ/ヤメ/ビョーギ」(岩手盛岡),「ビョーギ/アンベァワリ」(宮城),「アンベワリー」(福島)となっています「病気」は,カ行,タ行が濁音化することから「ビョーギ」となっています。「ヤメァ/ヤメ」は「病(やまい)」ということばを知っていれば類推ができるかもしれませんが,「病」は,日本語能力試験(JLPT・Japanese-Language Proficiency Test)で2級出題で,日本語学校で1年半くらい学習しないと習わない語彙です。「アンベァワリ/アンベワリー」については,「塩梅(あんばい)」を語源としているわけですが,この語彙は級外で外国人にとってとても難しい語彙です。
第318回「新潟県長岡市の方言ネーミング」でも述べられていますが,地元の人たちに訴える力が強いのは何と言っても「方言」です。このカードに託された使命は,災害時に自分自身にふりかかっている危機を地元の人に方言で訴える,母語の異なる外国人同士が地元の方言で通じあい,助け合う,そして,地元の人の方言による訴えを理解し協力して困難な災害時をともに乗り越えることです。
『災害時命綱カード(方言訳付)』(平成25年度版)は,科学研究費基盤研究(C)「命綱としての日本語―緊急時コミュニケーションの社会言語学的総合研究―」(研究代表者 山下暁美・明海大学)によって制作されました。岩手(盛岡)方言担当者(敬称略),竹田晃子(国立国語研究所),宮城方言武田拓(国立仙台高等専門学校),小林初夫(宮城教育大学)の協力を得ました。