地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第324回 山下暁美さん:『災害時命綱カード(方言訳付)』について

筆者:
2015年3月21日

災害時における方言の役割や多言語社会における言語支援など,「福祉の言語学」という視点からさまざまな研究と実践が行われています。地域社会に暮らす人々の中には,方言がわからない外国人も含まれます。

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【写真1】災害時命綱カード(方言訳付)3地域分
【写真1】災害時命綱カード(方言訳付)
3地域のカードを開き、上下に並べたもの
【写真2】『災害時命綱カード(方言訳付)』宮城方言「健康関連」の箇所
【写真2】『災害時命綱カード(方言訳付)』
宮城方言のカードから「健康関連」の箇所

そんな外国人を対象に作成されたのが,『災害時命綱カード(方言訳付)』【写真1・2】です。このカードには,災害時に必要となる語彙が掲載されています。これまでに岩手(盛岡)方言訳付,宮城方言訳付,福島方言訳付が発行されました。名刺サイズ,3つ折り,両面印刷で常にポケットに持ち歩き,災害時に必要な語彙とその地方の方言の学習ができるようになっています。災害時に必要な語彙は,現象関連,健康関連,事後行動関連,環境関連に分けられています。ほかに英語訳,中国語訳,韓国語訳が併記されています。

例を見てみましょう。健康関連の「病気」の方言訳は,「ヤメァ/ヤメ/ビョーギ」(岩手盛岡),「ビョーギ/アンベァワリ」(宮城),「アンベワリー」(福島)となっています「病気」は,カ行,タ行が濁音化することから「ビョーギ」となっています。「ヤメァ/ヤメ」は「病(やまい)」ということばを知っていれば類推ができるかもしれませんが,「病」は,日本語能力試験(JLPT・Japanese-Language Proficiency Test)で2級出題で,日本語学校で1年半くらい学習しないと習わない語彙です。「アンベァワリ/アンベワリー」については,「塩梅(あんばい)」を語源としているわけですが,この語彙は級外で外国人にとってとても難しい語彙です。

第318回「新潟県長岡市の方言ネーミング」でも述べられていますが,地元の人たちに訴える力が強いのは何と言っても「方言」です。このカードに託された使命は,災害時に自分自身にふりかかっている危機を地元の人に方言で訴える,母語の異なる外国人同士が地元の方言で通じあい,助け合う,そして,地元の人の方言による訴えを理解し協力して困難な災害時をともに乗り越えることです。

『災害時命綱カード(方言訳付)』(平成25年度版)は,科学研究費基盤研究(C)「命綱としての日本語―緊急時コミュニケーションの社会言語学的総合研究―」(研究代表者 山下暁美・明海大学)によって制作されました。岩手(盛岡)方言担当者(敬称略),竹田晃子(国立国語研究所),宮城方言武田拓(国立仙台高等専門学校),小林初夫(宮城教育大学)の協力を得ました。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 山下 暁美(やました・あけみ)

明海大学客員教授(日本語教育学・社会言語学)。博士(学術)。
研究テーマは、言語変化、談話分析による待遇表現、日本語教育政策。在日外国人のための「もっとやさしい日本語」構想、災害時の『命綱カード』作成に取り組んでいる。
著書に『書き込み式でよくわかる日本語教育文法講義ノート』(共著、アルク)、『海外の日本語の新しい言語秩序』(単著、三元社)、『スキルアップ文章表現』(共著、おうふう)、『スキルアップ日本語表現』(単著、おうふう)、『解説日本語教育史年表(Excel 年表データ付)』(単著、国書刊行会)、『ふしぎびっくり語源博物館4 歴史・芸能・遊びのことば』(共著、ほるぷ出版)などがある。

『書き込み式でよくわかる 日本語教育文法講義ノート』 『海外の日本語の新しい言語秩序―日系ブラジル・日系アメリカ人社会における日本語による敬意表現』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。