地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第293回 日高貢一郎さん:似た例あれこれ~「理由」もいろいろ ~

2014年2月22日

「理由」を表す方言での言い方は、全国各地にたくさんのバラエティーがあります。

この連載でこれまでに取り上げたものだけでも、「―けん」〔―だから〕の活用例では、第38回の「はやかけん」(福岡県)という「IC乗車カード」の名前、第108回の「ローカルヒーローPCO」(大分県)の技の名前=「蒼邪拳(そうじゃけん)」〔そうだから〕、第183回の「けんを競う大分の方言」の「観光クーポン券・パンフレット・NHK大分放送局の広報メッセージ」などがありました。

国立国語研究所編『方言文法全国地図』(全6巻)の第1集33図~37図で、「理由」を表す言い方の全国分布を概観することができます。その他にも、例えば「けー、きー、さかい、さけ、すけ、はで、のって、よってに、かり、かい、で、…」など、地域によって異なる様々な言い方が見られます。

(画像はクリックで全体を拡大表示)

【写真1】パンフレット
【写真1】パンフレット

昨年、東京の地下鉄=東京メトロと、広島のJR西日本とがタイアップして、『乗るけん! 体験! 広島県!』という観光キャンペーンを実施しました。今回が2回目だとのこと。3つの語の最後がいずれも「―けん」と韻を踏んであって、口調もいいキャッチフレーズです。

先のNHK大分放送局のキャッチコピー「しんけん 好きやけん 大分県」〔本当に 好きだから 大分県〕の3段重ねと同じ発想、同一の手法です。

このキャンペーンは、東京ステージと広島ステージの2部から構成されており、東京の地下鉄=東京メトロの指定された5つの駅のうち3駅以上を利用してスタンプを集め、さらに東京にある広島のブランドショップ『TAU』のスタンプを押して応募すると、旅行券などの賞品が当たり、またその上でさらに広島の指定されたJRの5つの駅の3駅以上のスタンプを集め、『TAU』のスタンプを押して応募すると、旅行券や広島の名産品などが当たるというものです。

東京銀座にある広島県のブランドショップ『TAU』(たう)は、平成24年7月に開店。『TAU』とは、広島の方言で〔(手が)届く〕という意味です。広島の素晴らしい宝を集めて、みんなの手の届くところに届けたい。来て見て触れて、実感してほしい、という思いを込めて名づけられたということです。

【写真2】うろこ散らんき (写真提供:みどりや)
【写真2】うろこ散らんき
(写真提供:みどりや)

また、高知県のメーカーで作られている、魚の鱗を楽に取るためのステンレス製の『うろこ散らんき』という名前の道具があります。商品説明によると、「うろこが飛び散りにくい、丈夫で衛生的、釣った魚を手軽に捌ける、形が丸みを帯びているので魚にきれいに沿ってうろこがよくとれる」とのこと。

釣り好き・魚好きの人たちにとっては重宝する便利なものだということですが、これも『―散らんき』の「き」は、「器具・道具」の「器」と、〔鱗が(楽に取れて、しかも周りに)飛び散ったりしないから(便利ですよ)〕と、高知での理由を表す方言の「―き(ー)」とをかけたネーミングです。地元の方言を織り込んで、商品の特徴をしっかりアピールしています。

こうしてみると、「―けん」ばかりでなく「―き」にもやはり同様の活用例があり、ことば遊びの要素とその地域らしさとを活かして、方言が有効に利用されていることがわかります。

《参考》 国立国語研究所編『方言文法全国地図』全6巻、各地図の詳細はPDF版で見ることができ、第33図「(雨が)降っている[から]」の分布図は
//www2.ninjal.ac.jp/hogen/dp/gaj-pdf/gaj-map-legend/vol1/GAJ1-33.pdf
で見ることができます。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 日高 貢一郎(ひだか・こういちろう)

大分大学名誉教授(日本語学・方言学) 宮崎県出身。これまであまり他の研究者が取り上げなかったような分野やテーマを開拓したいと,“すき間産業のフロンティア”をめざす。「マスコミにおける方言の実態」(1986),「宮崎県における方言グッズ」(1991),「「~されてください」考」(1996),「方言によるネーミング」(2005),「福祉社会と方言の役割」(2007),『魅せる方言 地域語の底力』(共著,三省堂 2013)など。

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。