このシリーズは300回近くになり、地域語の経済的活用の盛衰が分かってきました。この第292回で、方言みやげの古典的な例、方言番付は、江戸時代発祥と分かりました。
戦後しばらくは、方言手ぬぐいや方言のれんで、相撲番付のように、東西に分けて単語を並べたものがありました。大昔からあったでしょうが、戦前の実物は、これまで見当たりませんでした。思いついて番付についての本を読みあさったら、金沢の方言番付について書いてありました(林英夫・青木美智男2003『番付で読む江戸時代』柏書房)。所蔵先(石川県立歴史博物館)は休館中。加藤和夫さん(金沢大学)にお願いしたら、写真を見せてもらえました。
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「方言なまり見立」【写真】は、見立番付(みたてばんづけ)の発展形です。載っている単語は合わせて10語。「初編」に「だら、じゃあま、でかい、げんとく、だんべ、おきせん」が載り、「後編」に「かんぼう、とんこ、しんがいもの、とうせうさま」が載っています。大部分は『日本方言大辞典』にあります。語源説は、面白おかしく記したようです。
もう一つの資料「だらくさい見立相撲」は、典型的な相撲番付タイプではありませんが、東西に分けてあります。「だらくさい」(馬鹿らしい、あほらしい)人や行いを面白おかしく書き連ねたもので、江戸時代後期に江戸や上方ではやった類型の金沢版です。
これらは「買える方言」の現存最古の例です。しかしかつての方言手ぬぐいのような、相撲番付の形に単語を東西に並べた方言番付が、もっと前にあったかもしれません。いずれにしろ最古の方言番付は江戸時代にさかのぼります。加藤和夫さんの手で、全文が公開されるのを、楽しみにしましょう。
しかし方言番付は、今はすたれつつあります。方言店名は、1880年開店の岩手の「がんべ茶屋」(291回)が最古だそうです。大阪の1900年ころ創業の「まからんや」が次でしょうか(札埜和男1999『大阪弁看板考』葉文社)。方言店名は増える一方です(147, 202回)。方言絵はがきは、20世紀前半に流行しましたが、今は絶滅危惧種です(272回他)。「買える方言」(各種方言グッズ)は種類が増えました(『魅せる方言 地域語の底力』三省堂)。「買えない方言」(方言メッセージ)は、後発で、増える一方です。今後も観察を続ける価値があります。