地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第292回 井上史雄さん:最古の方言番付 ―金沢の江戸時代の刷り物―
The oldest dialect ranking — Printing in Kanazawa in the Edo Period —

筆者:
2014年2月15日

このシリーズは300回近くになり、地域語の経済的活用の盛衰が分かってきました。この第292回で、方言みやげの古典的な例、方言番付は、江戸時代発祥と分かりました。

戦後しばらくは、方言手ぬぐいや方言のれんで、相撲番付のように、東西に分けて単語を並べたものがありました。大昔からあったでしょうが、戦前の実物は、これまで見当たりませんでした。思いついて番付についての本を読みあさったら、金沢の方言番付について書いてありました(林英夫・青木美智男2003『番付で読む江戸時代』柏書房)。所蔵先(石川県立歴史博物館)は休館中。加藤和夫さん(金沢大学)にお願いしたら、写真を見せてもらえました。

(クリックで拡大表示)

【写真】「方言なまり見立 初編」(村松家資料「たのしみ草子」)
【写真】「方言なまり見立 初編」
(村松家資料「たのしみ草子」)
所蔵:石川県立歴史博物館
撮影:加藤和夫さん

「方言なまり見立」【写真】は、見立番付(みたてばんづけ)の発展形です。載っている単語は合わせて10語。「初編」に「だら、じゃあま、でかい、げんとく、だんべ、おきせん」が載り、「後編」に「かんぼう、とんこ、しんがいもの、とうせうさま」が載っています。大部分は『日本方言大辞典』にあります。語源説は、面白おかしく記したようです。

もう一つの資料「だらくさい見立相撲」は、典型的な相撲番付タイプではありませんが、東西に分けてあります。「だらくさい」(馬鹿らしい、あほらしい)人や行いを面白おかしく書き連ねたもので、江戸時代後期に江戸や上方ではやった類型の金沢版です。

これらは「買える方言」の現存最古の例です。しかしかつての方言手ぬぐいのような、相撲番付の形に単語を東西に並べた方言番付が、もっと前にあったかもしれません。いずれにしろ最古の方言番付は江戸時代にさかのぼります。加藤和夫さんの手で、全文が公開されるのを、楽しみにしましょう。

しかし方言番付は、今はすたれつつあります。方言店名は、1880年開店の岩手の「がんべ茶屋」(291回)が最古だそうです。大阪の1900年ころ創業の「まからんや」が次でしょうか(札埜和男1999『大阪弁看板考』葉文社)。方言店名は増える一方です(147, 202回)。方言絵はがきは、20世紀前半に流行しましたが、今は絶滅危惧種です(272回他)。「買える方言」(各種方言グッズ)は種類が増えました(『魅せる方言 地域語の底力』三省堂)。「買えない方言」(方言メッセージ)は、後発で、増える一方です。今後も観察を続ける価値があります。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 井上 史雄(いのうえ・ふみお)

国立国語研究所客員教授。博士(文学)。専門は、社会言語学・方言学。研究テーマは、現代の「新方言」、方言イメージ、言語の市場価値など。
履歴・業績 //www.tufs.ac.jp/ts/personal/inouef/
英語論文 //dictionary.sanseido-publ.co.jp/affil/person/inoue_fumio/ 
「新方言」の唱導とその一連の研究に対して、第13回金田一京助博士記念賞を受賞。著書に『日本語ウォッチング』(岩波新書)『変わる方言 動く標準語』(ちくま新書)、『日本語の値段』(大修館)、『言語楽さんぽ』『計量的方言区画』『社会方言学論考―新方言の基盤』『経済言語学論考 言語・方言・敬語の値打ち』(以上、明治書院)、『辞典〈新しい日本語〉』(共著、東洋書林)などがある。

『日本語ウォッチング』『経済言語学論考  言語・方言・敬語の値打ち』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。