地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第291回 田中宣廣さん: がんべ茶屋~方言ネーミングのはじめて?

筆者:
2014年2月8日

この連載の本『魅せる方言 地域語の底力』ISBN 978-4-385-36526-8が三省堂から出て2か月です。お陰様で評判も上々です。皆さん,ぜひお読みください。

さて、第261回で「方言の拡張活用はじめて物語」として各用法の初出例を考えました。方言パフォーマンスは江戸や上方の世話物歌舞伎,方言みやげ・グッズは大阪新世界(ルナパーク)の方言絵はがき(大阪府),方言メッセージも大阪府の阪急電車の広告でした。方言の拡張活用の基本4用法のうち,方言ネーミングについては初出例が不詳でした。そのなか,古い年代の方言ネーミング例がありますので,考えます。

【写真1】区界駅の「がんべ茶屋」の説明
【写真1】区界駅の「がんべ茶屋」の説明

岩手県宮古市の盛岡市との市境近く,旧川井村に区界(くざかい)駅(JR東日本 山田線)があります。標高744m(駅ホームに表示あり),東北地方で最も高い位置の駅です。その駅待合室に,鉄道が通るはるか前1880(明治13)年開店の「がんべ茶屋」の説明があります【写真1】。茶屋の位置は,区界駅から約3km東側の去石(さりいし)地区でした。この「がんべ茶屋」が,方言ネーミングの今のところの初出例です。

説明からネーミングに関する部分を引用します。《がんべ茶屋の名の由来は,茶屋の主,周助が馬方や旅人のだれかれの別なく,「休んでいったらよがんべい」,「一服していったらよがんべい」と声をかけているうちに,その言葉や節回しのおもしろさから,いつとはなしにひやかしや親しみ半分で「がんべ茶屋」と呼ばれるようになったものらしい。「がんべい」とはこの地方でよく使われる言葉である。》

方言の説明です。もとは形容詞の補助(カラカリ)活用の連体形に推定の助動詞「―べし」が接続した「良かる-べし」です。「―べし」が「―べー(べい)」,語中カ行音の濁音化と「る」の撥音化で「―かる」が「―がん」となり,「よがんべい」です。「がんべ茶屋」は,この地域の方言を的確に捉えたネーミングになっています。

第286回の補遺》

【写真2】国王と王妃の「ケロ」
【写真2】国王と王妃の「ケロ」

「ケロ」について,完成後に用例が出ました。こちらは最新例です。JR東日本の,北東北3県(青森,岩手,秋田)の路線を『王国』になぞらえたキャンペーン「乗っちゃ王国」の方言活用です。国王はノッテケ・ローⅢ世,王妃がミテケ・ロー妃です。両陛下御自ら「みんなで王国探検に来てケロ。」「乗りものの旅を楽しんでケロ。」とお誘いです【写真2】。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 田中 宣廣(たなか・のぶひろ)

岩手県立大学 宮古短期大学部 図書館長 教授。博士(文学)。日本語の,アクセント構造の研究を中心に,地域の自然言語の実態を捉え,その構造や使用者の意識,また,形成過程について考察している。東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。東北大学大学院文学研究科博士課程修了。著書『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』(おうふう),『近代日本方言資料[郡誌編]』全8巻(共編著,港の人)など。2006年,『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』により,第34回金田一京助博士記念賞受賞。『Marquis Who’s Who in the World』(マークイズ世界著名人名鑑)掲載。

『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。