この連載の本『魅せる方言 地域語の底力』ISBN 978-4-385-36526-8が三省堂から出て2か月です。お陰様で評判も上々です。皆さん,ぜひお読みください。
さて、第261回で「方言の拡張活用はじめて物語」として各用法の初出例を考えました。方言パフォーマンスは江戸や上方の世話物歌舞伎,方言みやげ・グッズは大阪新世界(ルナパーク)の方言絵はがき(大阪府),方言メッセージも大阪府の阪急電車の広告でした。方言の拡張活用の基本4用法のうち,方言ネーミングについては初出例が不詳でした。そのなか,古い年代の方言ネーミング例がありますので,考えます。
岩手県宮古市の盛岡市との市境近く,旧川井村に区界(くざかい)駅(JR東日本 山田線)があります。標高744m(駅ホームに表示あり),東北地方で最も高い位置の駅です。その駅待合室に,鉄道が通るはるか前1880(明治13)年開店の「がんべ茶屋」の説明があります【写真1】。茶屋の位置は,区界駅から約3km東側の去石(さりいし)地区でした。この「がんべ茶屋」が,方言ネーミングの今のところの初出例です。
説明からネーミングに関する部分を引用します。《がんべ茶屋の名の由来は,茶屋の主,周助が馬方や旅人のだれかれの別なく,「休んでいったらよがんべい」,「一服していったらよがんべい」と声をかけているうちに,その言葉や節回しのおもしろさから,いつとはなしにひやかしや親しみ半分で「がんべ茶屋」と呼ばれるようになったものらしい。「がんべい」とはこの地方でよく使われる言葉である。》
方言の説明です。もとは形容詞の補助(カラカリ)活用の連体形に推定の助動詞「―べし」が接続した「良かる-べし」です。「―べし」が「―べー(べい)」,語中カ行音の濁音化と「る」の撥音化で「―かる」が「―がん」となり,「よがんべい」です。「がんべ茶屋」は,この地域の方言を的確に捉えたネーミングになっています。
《第286回の補遺》
「ケロ」について,完成後に用例が出ました。こちらは最新例です。JR東日本の,北東北3県(青森,岩手,秋田)の路線を『王国』になぞらえたキャンペーン「乗っちゃ王国」の方言活用です。国王はノッテケ・ローⅢ世,王妃がミテケ・ロー妃です。両陛下御自ら「みんなで王国探検に来てケロ。」「乗りものの旅を楽しんでケロ。」とお誘いです【写真2】。