地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第216回 田中宣廣さん: 子ども向けの方言の拡張活用

筆者:
2012年8月25日

方言は,年配者の使う古いことばではなく,若い人にも地域間の言語の差は認められます。さらに,若い人が生み出している新たな地域差(たとえば,井上先生の提唱する「新方言」)や,年少の子どもの話す方言もあります。

方言の拡張活用にも,若い人や子どもを対象とした例があります。今回は,方言の拡張活用の子ども向けの例について,岩手県の最近の例から考えます。

(写真はクリックで全体表示)

【写真1】わらしっこセット(盛岡市)
【写真1】わらしっこセット(盛岡市)
【写真2】みんなでおどっぺす(宮古市)
【写真2】みんなでおどっぺす(宮古市)
【写真3】めんこいわらし座(宮古市)
【写真3】めんこいわらし座(宮古市)
【写真4】遠野わらすっこまつり(遠野市)
【写真4】遠野わらすっこまつり(遠野市)

一つ目の例は,この連載の第31回〔写真2〕で紹介した「わらしっこセット」(和食系飲食店の子ども向けメニュー:岩手県盛岡市)という方言ネーミングです【写真1】。「わらし」は「子ども」のことで,「っこ」は東北弁によくある,親しみを込める働きの接尾辞です。

二つ目の例は,宮古市の子どもダンスチーム「MOPS」の企画「みんなでおどっぺす!!」です【写真2】。「MOPS」も「[M]innade [O]dop[P]e[S]u」の略です。意味は「みんなで踊りましょう」で,元は方言メッセージです。そこから方言ネーミングの企画主催者名「みんなでおどっぺす実行委員会」やチーム名「MOPS」が生まれました。ちらしには「今年度で3年目となります。」とありますが,私は今年初めて知りました。小学校で配布されたちらしを娘二人が持ち帰り,知らせてくれました。//away-co.com/mops/に活動の様子が紹介されています。

三つ目も宮古市の例で,今年誕生した,宮古人形劇場「めんこいわらし座」です【写真3】。意味は,「かわいい(めんこい)・子ども(わらし)」です。宮古市総合福祉センター内に開設された劇場に,この方言ネーミングが使われています。

四つ目の例は,遠野市の「遠野わらすっこまつり」です【写真4】。元の名称は「遠野こどもまつり&わくわくフェスティバル」であったのを,平成21年開催分から,現在の方言ネーミングの名称に改められました。

方言の拡張活用には,その土地の地域性をより強く感じてもらうねらいがあります。その主な対象者は,基本的に大人です。今回の4つの例は,地域で育ってゆく地元の子どもたちに,郷里を愛する心を養ってもらう目的があります。

皆さんのお住まいの地域にも,子ども向けの方言の拡張活用例があるでしょうか? ぜひ探してみてください。そして,それに込められた意義や,郷里の方言を子どもたちに伝えようとする気持ちについて考えてみてください。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 田中 宣廣(たなか・のぶひろ)

岩手県立大学 宮古短期大学部 図書館長 教授。博士(文学)。日本語の,アクセント構造の研究を中心に,地域の自然言語の実態を捉え,その構造や使用者の意識,また,形成過程について考察している。東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。東北大学大学院文学研究科博士課程修了。著書『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』(おうふう),『近代日本方言資料[郡誌編]』全8巻(共編著,港の人)など。2006年,『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』により,第34回金田一京助博士記念賞受賞。『Marquis Who’s Who in the World』(マークイズ世界著名人名鑑)掲載。

『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。