『三省堂国語辞典』の主幹だった見坊豪紀(けんぼう・ひでとし)は、「国語辞書の最後に来る項目」は何であるべきかについて、突きつめて考えていました。
辞書によって、最後の項目は「んとする」「んば」「んぼう」などいろいろですが、見坊が『三国』の最後に据えたのは「んんん」でした。〈ひどく ことばに つまったり、感心したときなどの声〉、つまり「うーん」と同様のことばです。また、主に女性が〈打ち消しの気持ちをあらわす〉声、つまり「ううん」と同様のことばでもあります。
ただのうめき声ではないか、と思う人もいるかもしれませんが、一定の語形、一定の意味を持っている以上は、「んんん」も立派な日本語です。しかも、現代語としてふつうに使われます。この語を『三国』に採用した見坊の考え方には敬服します。
では、ここで、辞書の最初のほうを開いてみましょう。一番最初の項目は、もちろん「あ」です。どの辞書も、「亜流」の「亜」などのことばが来ています。でも、その近くに抜けていることばはないでしょうか。「んんん」という感動詞を載せるならば、「あああ」という感動詞もあってよさそうです。
〈疲労感とも、虚脱感とも異なる、何ともいえず落ち着かない、ふわふわとした気分が広がっていく。/あーあ、だ。〉〔乃南アサ・風の墓碑銘 49〕(『週刊新潮』2006.6.1 p.82)
「あああ」は、単なる「ああ」とは異なります。2番めの音を下げ、3番めの音を上げて、〈いやなことが・ずっと続く(やっと終わった)〉という気持ちや、〈どうしようもない〉という気持ちを表現します。単に口から漏れる音ではなく、これも立派な日本語です。今回の第六版で、新規項目として採用しました。〈あああ[あーあ](感)〉と表示して、通常は「あーあ」の形で表記されることを示しました。
「あああ」の近くに、もうひとつの感動詞を採用しました。「ああん」です。困ったときに「ああん、どうしよう」などと使う以外に、尻上がりの口調で「分かったか、ああん?」のようにも使います。さらには、副詞やサ変動詞として「ああんと泣いた」「口をアーンする」という使い方もあり、日常欠かすことのできないことばです。
こういった単純な感動詞のたぐいは、「ことば」として私たちの意識に上りにくいものです。でも、日本語の大切な構成員であり、辞書の中にきちんと位置づけたいと考えます。