人名用漢字の新字旧字

「浚」は常用平易か(第1回)

筆者:
2013年3月14日

平成22年11月22日、さいたま市のとある夫婦のもとに、男の子が誕生しました。両親は、水口浚にあやかって、子供に「浚義」と名づけ、11月23日、さいたま市南区役所に出生届を提出しました。しかし、さいたま市南区長は12月8日、この出生届を不受理処分としました。11月30日に常用漢字と人名用漢字は改正されたのですが、改正前も改正後も「浚」は収録されておらず、子供の名づけには使えない、というのが南区長の判断でした。この不受理処分に対し、両親は「名未定」で出生届を提出し直すと同時に、さいたま家庭裁判所に不服申立[平成22年(家)第1639号]をおこないました。「浚」は、戸籍法第50条でいうところの「常用平易」な文字なので、「浚義」と名づけた出生届を受理するよう、さいたま市南区長に命令してほしい、と申し立てたのです。

この不服申立に対し、さいたま市南区長は平成23年1月17日、「浚」は「常用平易」ではない、とする意見書を、さいたま家庭裁判所に提出しました。全面対決です。南区長の意見書を、少し見てみましょう。

平成16年2月に法務大臣は法制審議会に対し,「子の名に用いることのできる漢字(人名用漢字)の範囲の見直し(拡大)について御意見を承りたい。」との諮問を行った。法制審議会では,その調査審議のために人名用漢字部会(以下「部会」という。)を設置し,部会では,同年3月から上記諮問事項に関し,人名用漢字の制限方式及び字種の選定等について審議がされた。
「常用平易」な漢字の選定に当たっては,文部大臣(当時)の諮問機関である国語審議会から平成12年12月に「一般の社会生活において,常用漢字以外の漢字を使用する場合の『字体選択のよりどころ』となること」を目的として答申された「表外漢字字体表」の作成に際し,主として使用された「漢字出現頻度数調査(2)」(文化庁作成)の結果を活用することとされた。この調査は,当時,385の書籍に用いられた約3,300万字の漢字を対象として行われた我が国において最新・最大規模の調査である。
部会においては,上記出現頻度や市町村窓口での要望の有無・程度などを総合的に考慮して,追加する人名用漢字として合計578字を選定したが,この中に「浚」の文字は含まれていない。

すなわち、人名用漢字部会が平成16年6月11日に公開した578字の追加案の中に、「浚」は含まれていなかったのだから、「常用平易」であるはずがない、というのが、南区長の主張でした。当然、両親は反論しました。そもそも、どのような調査をおこなっても、「常用平易」な文字を全て網羅するのは不可能であり、その意味で、人名用漢字部会の追加案に含まれていなかったからといって、ただちに「常用平易」性が否定されるわけではない、と反論したのです。

第2回につづく)

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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編集部から

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