新字の「当」は常用漢字なので、子供の名づけに使えます。旧字の「當」は子供の名づけに使えません。新字の「当」は出生届に書いてOKですが、旧字の「當」はダメ。こうなってしまった理由は、昭和21年の当用漢字表の審議にまで遡ります。
昭和21年4月27日、国語審議会は、常用漢字表を審議していました。この常用漢字表は、標準漢字表再検討に関する主査委員会が国語審議会に提出したもので、旧字の「當」を含む1295字を収録していました。この常用漢字表に対し、国語審議会は5月8日の総会で、さらなる検討を要する、と判断しました。それにともない、昭和21年6月4日、常用漢字に関する主査委員会が発足しました。
常用漢字に関する主査委員会は、大きくわけて3つの問題を議論することになりました。字数の問題、字体の問題、固有名詞の問題、です。字数に関しては、最終的に1850字まで増やす方向で、議論が進みました。字体に関しては、とりあえず簡易字体131字を収録するものの、今後も調査を進めることになりました。固有名詞に関しては、たとえ地名は無理だとしても、人名だけでも常用漢字の範囲内にできないだろうか、という議論になりました。そして、昭和21年10月1日の主査委員会で、氏名等を平易にする法律試案(原文縦書き)が提案されたのです。
帝國憲法改正に伴ふ戸籍法改正に當り、氏名等を平易にするため、左記の趣旨の規定を設けられんことを望む。 一、戸籍法改正法律に左記の趣旨の規定を設けること。 第 條 戸籍の記載及び屆書には、常用平易な語を用い、字畫を明瞭にしなければならない。 常用平易な語の範圍は、命令をもつてこれを定める。 前項の範圍外の語を用いた氏名の記載は、管轄官廳の許可を得て、假名又は從前の語の發音を害しない語その他適當な語に變更することができる。但しその語の訓は變更できない。 第 條 氏名を漢字で記載する場合には、假名の訓をつけなければならない。 前項の訓は、漢字の氏名と同一の效力を有する。 二、戸籍法施行令改正勅令中に左記の趣旨の規定を設けること。 第 條 戸籍法第 條の規定により常用平易な語の範圍を左記の通り定める。 一 文部省公表の常用漢字表の文字で表はした語 但し方言、なまり音その他普通の音訓によらないものを除く。 二 片假名又は平假名 但し萬葉假名を除く。 三 ローマ字
しかし、すでに戸籍に載っている人名を常用漢字に制限するのは、かなり無理があることから、新たに生まれてくる子供の名づけに限って常用漢字の範囲に制限するよう、はたらきかけていくことになりました。
また、同じ10月1日の主査委員会で、漢字表の名は、常用漢字表ではなく、当用漢字表とすることが決まりました。「常に用いる」のではなく、「当座の用」の漢字表となったのです。しかも、簡易字体131字に新字の「当」が含まれていたので、漢字表の名も、當用漢字表ではなく当用漢字表となったのです。昭和21年11月5日、国語審議会は文部大臣に当用漢字表を答申し、翌週11月16日に内閣告示となりました。
昭和23年1月1日、戸籍法が改正されました。新しい戸籍法には、「子の名には、常用平易な文字を用いなければならない。常用平易な文字の範囲は、命令でこれを定める」という条文が含まれていました。この条文によって、初めて、子供の名づけに使う文字が制限されることになったのです。戸籍法のいう「常用平易な文字の範囲」は、同じ昭和23年1月1日に司法省が施行した戸籍法施行規則に定められていました。その範囲は、片かな又は平がな、そして、当用漢字表の漢字、でした。
当用漢字表には、「当(當)」という形で新字の「当」が収録されていたので、「当」は子供の名づけに使ってよい漢字になりました。でも、旧字の「當」は、あくまでカッコ書きで添えられたものだったので、子供の名づけに使ってはいけない、ということになりました。そして現在に至っても、新字の「当」は子供の名づけに使えるのに、旧字の「當」は子供の名づけに使えないままなのです。