(第5回からつづく)
常用漢字表と固有名詞
人名用漢字追加表の内閣告示により、法務省は、人名用漢字の拡大を自由におこなえるようになりました。これに対し、国語審議会は、昭和53年6月30日の総会で、「子の名に用いる漢字及びその扱いについて」の審議を実質的にあきらめ、人名用漢字については法務省にゆだねることを決定しました。さらに国語審議会は、常用漢字表案(昭和54年3月30日中間答申)に、以下の一文を含めることを決めました。
固有名詞に用いる漢字のうち、子の名に用いる漢字については、当用漢字表に関連するところもあり、広く国語の問題にかかわるものとして従来国語審議会も関与してきたが、この問題は、戸籍法等の民事行政との結び付きが強いものであるから、今後は、人名用漢字別表の処置などを含めてその扱いを法務省にゆだねることとする。
昭和56年3月23日に国語審議会が答申した常用漢字表でも、多少、表現が簡潔になっているものの、前書きの3番目は以下のとおりでした。
3 この表は、固有名詞を対象とするものではない。
現在、文化審議会国語分科会がおこなっている常用漢字表の改定においても、もちろん、この考え方が踏襲されています。したがって、配下の漢字小委員会も、「固有名詞は常用漢字表にそぐわない」という態度を取るのが当然なのです。
人名用漢字の今後
改定中の新しい常用漢字表は、今年の秋に内閣告示が予定されています。その日に合わせて、法務省も戸籍法施行規則を改正し、人名用漢字を変更する予定です。では、その時、「玻」は人名用漢字に追加されるのでしょうか?
実は、「玻」の人名用漢字追加に関しては、法務省には決定権がない、というのが現実だったりします。「玻」が常用平易かどうかは、現在、最高裁判所において係争中(平成21年(ク)第1105号・平成21年(許)第42号)であり、法務省もその結論にしたがうしかないのです。すなわち、最高裁判所が「玻」を常用平易と認めたなら、当然、法務省も人名用漢字に「玻」を追加しなければいけません。逆に、最高裁判所が「玻」を常用平易と認めなかったなら、法務省としては人名用漢字に「玻」を追加するわけにはいかないだろう、ということなのです。
もちろん、人名用漢字を答申するのは法制審議会ですし、実際に人名用漢字の選定をおこなうのは、その配下の人名用漢字部会です。これらが、法務省とは異なる立場を取ることも、あるいは可能かもしれません。しかし、いくら法制審議会といえども、最高裁判所に係争中の事件に関して、それとは別の判断を勝手に示してしまうというのは、まずありえないことだと考えられます。
したがって、「玻」が人名用漢字に追加されるかどうかは、最高裁判所の決定次第ということになります。最高裁判所が「玻」を常用平易と認めるかどうか。今後のゆくえを見守ることにいたしましょう。