人名用漢字の新字旧字

第61回 「玻」は常用平易か(追補)

筆者:
2010年4月16日

最高裁の棄却決定

平成22年4月7日、最高裁判所第二小法廷は「玻南ちゃん事件」の許可抗告(平成21年(許)第42号)を、棄却しました。最高裁は、名古屋高裁の即時抗告審(第2回参照)の決定を支持し、「玻」を常用平易とは認めなかったのです。しかも最高裁は、「玻」は社会通念上明らかに常用平易な文字とは言えない、という点を判示しただけで、「穹」を子供の名づけに認めた高裁決定(第3回参照)との間の矛盾については、全く何も判断を示しませんでした。

また、同じ平成22年4月7日、最高裁判所第二小法廷は「玻南ちゃん事件」の特別抗告(平成21年(ク)第1105号)も、棄却しました。子供の名づけに使える漢字が常用漢字と人名用漢字に制限されていることは、何ら憲法違反ではない、という判断です。この点では、最高裁の過去の判例(昭和57年(ク)第272号・平成13年(ク)第250号など)を踏襲する結果になりました。ただし、「児童の権利に関する条約」第7条(第2回参照)違反に関しては、最高裁は何も判断を示しませんでした。

とにもかくにも、「玻」が常用平易とは言えない、ということを最高裁判所は決定しました。それは、「穹」が常用平易かどうかということとは無関係であり、あるいは他のどの人名用漢字とも無関係だ、ということです。また、この最高裁決定により、法務省が今後「玻」を人名用漢字に追加する可能性は、極めて低くなったと考えられます。一方、「玻」が常用漢字表に追加される可能性(第4回参照)も、やはり極めて低いと考えられます。つまり今後も、「玻」を子供の名づけに使うことはできないのです。

名の変更許可に向けて

最高裁判所の棄却決定を受けて、「玻南」ちゃんの両親は、子供の名を「はな」とした出生届を名古屋市東区役所に提出しました。ただし両親は、今後も日常生活では娘の名前に「玻南」を使い続けていく、と表明しています。実際、母子手帳や健康保険証の被扶養者欄は「玻南」としているようです。これは何を意味するのでしょう。

ここからは筆者の推測になるのですが、「玻南」ちゃんの両親は、戸籍上の名である「はな」を、遠い将来「玻南」に変更するつもりなのだと考えられます。名の変更許可では戸籍法第107条の2が適用されるので、「常用平易」ではなく「永年使用」を家庭裁判所に申し立てることになるのです。つまり、戸籍上の名が「はな」であったとしても、生まれてから15歳までずっと「玻南」を使い続け、まわりの人たちにもそれを認めてもらえば、戸籍上の名を変えるチャンスがうまれるのです。

でも、もちろん家庭裁判所が、名の変更を許可しない可能性だってあります。戸籍上の名を「玻南」に変更できるかどうか、それは14年後を待つことにいたしましょう。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。京都大学博士(工学)。JIS X 0213の制定および改正で委員を務め、その際に人名用漢字の新字旧字を徹底調査するハメになった。著書に『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字コードの世界』(東京電機大学出版局)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

//srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。