2016年7月28日、韓国の憲法裁判所は「人名用漢字は合憲である」との決定を下しました。この決定は、憲法裁判所の9人の裁判官の合議でおこなわれたもので、合憲6人:違憲3人という判断の結果、多数決で合憲と決定されました。翌週には決定文[事件番号2015헌마964]が全文公開されたのですが、日本の人名用漢字に関する言及も含まれていて、韓国と日本における人名用漢字への考え方の差、とも言えるものが現れています。
この決定文を読みつつ、今回から連続7回で、韓国の人名用漢字の現状を、かいつまんで議論することにいたしましょう。なお、決定文の原文はハングルで書かれています。かなり注意して日本語に翻訳したつもりですが、あるいはミスが含まれているかもしれません。引用する際には、必ず決定文の原文に戻って、再度の翻訳を試みるようお願い致します。
まずは、事件の概要を見ていくことにしましょう。請求人の名にも妻の名にも子供の名にも「○」という伏字が入っていますが、決定文が伏字になっているので、そのままにしています。
請求人 박○열
가. 請求人は妻홍○영との間に2015年8月23日出生した男子の名を「로○(嫪○)」と決め、2015年9月17日管轄住民センターに出生申告書を提出した。
나. 担当公務員は「로○」という名の漢字のうち「嫪(로)」が「家族関係の登録等に関する法律」第44条第3項の委任により制定された「家族関係の登録等に関する規則」第37条第1項、第2項で定めた「通常使われる漢字」の範囲に含まれないという理由で、同規則第37条第3項により家族関係登録簿に出生者の名をハングルのみ「로○」と登載した。
다. これに対し請求人は、出生申告時に子の名に使える漢字の範囲を「通常使われる漢字」に制限している「家族関係の登録等に関する法律」第44条第3項および「家族関係の登録等に関する規則」第37条が請求人の人格権および幸福追求権を侵害していると主張して、2015年9月30日この事件の憲法訴願審判を請求した。
韓国の出生申告書は、日本の出生届にあたります。出生申告書において子供の名づけに許されている文字には、韓国独自の制限があります。「家族関係の登録等に関する法律」第44条第3項を見てみましょう。
第44条 (出生申告の記載事項) ③ 子の名にはハングルまたは通常使われる漢字を使わなければならない。通常使われる漢字の範囲は大法院規則で定める。
この「通常使われる漢字」というのが、韓国の人名用漢字にあたります。韓国の人名用漢字は、大法院(最高裁判所)の規則に定められているのです。大法院規則「家族関係の登録等に関する規則」第37条を見てみましょう。
第37条 (人名用漢字の範囲) ①法第44条第3項にかかる漢字の範囲は次のとおりとする。 1. 教育科学技術部が定めた漢文教育用基礎漢字 2. 別表1に記載した漢字。ただし、第1号の基礎漢字が変更された場合、以前の基礎漢字から削除された漢字は別表1に追加されたとみなし、新たに基礎漢字に追加された漢字のうち別表1と重複する漢字は別表1から削除されたとみなす。 ② 第1項の漢字に対する同字・俗字・略字は別表2に記載したものだけが使用できる。 ③ 出生者の名に使われた漢字に第1項および第2項の範囲に属さない漢字が含まれている場合には、登録簿に出生者の名をハングルで登載する。
「漢文教育用基礎漢字」には、中学・高校で漢文教育に用いる漢字1800字が収録されています。「家族関係の登録等に関する規則」の別表1「人名用追加漢字表」には、現在、6044字が収録されています。別表2「人名用漢字許容字体表」には、298字が収録されています。これらを合わせた8142字が、現在、韓国の人名用漢字なのです。
(第2回につづく)