人名用漢字の新字旧字

第99回 「春」と「旾」と「萅」

筆者:
2015年11月12日

旧字の「」は、「艸かんむりに日」で四季の「はる」を表した文字です。真ん中の「屯」は、草が伸び出ようとする様子を表すという説と、音の「シュン」を表すという説があって、前者の立場ならば会意文字、後者の立場なら形声文字ということになります。新字の「春」は、「」の「芚」を「𡗗」に略した文字で、結果的に「三人の日と書きます」が、「三」や「人」に意味があるわけではありません。一方、俗字の「旾」は、「」の艸かんむりを省略した文字だと考えられます。

昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表を文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、新字の「春」を含む2528字が収録されていました。しかし、旧字の「」はカッコ書きにすらなっておらず、標準漢字表のどこにも収録されていなかったのです。国語審議会は、旧字の「」や俗字の「旾」ではなく、新字の「春」を使うべきだ、と答申したのです。昭和17年12月4日、文部省は標準漢字表を発表しましたが、そこでも新字の「春」だけが収録されていて、「」や「旾」は含まれていませんでした。

昭和21年11月5日、国語審議会は、文部大臣に当用漢字表1850字を答申しました。この時点の当用漢字表は手書きのガリ版刷りで、新字の「春」が収録されていて、旧字の「」や俗字の「旾」は含まれていませんでした。当用漢字表は、翌週11月16日に内閣告示されましたが、やはり新字の「春」だけが含まれていました。昭和23年1月1日、戸籍法が改正され、子供の名づけは当用漢字1850字に制限されました。この結果、新字の「春」は子供の名づけに使えるものの、旧字の「」や俗字の「旾」は子供の名づけに使えなくなりました。

平成23年12月26日、法務省は入国管理局正字13287字を告示しました。入国管理局正字は、日本に住む外国人が住民票や在留カード等の氏名に使える漢字で、新字の「春」と俗字の「旾」が含まれていました。この結果、日本で生まれた外国人の子供の出生届には、新字の「春」に加え、俗字の「旾」が書けるようになりました。ただし、旧字の「」はダメです。また、日本人の子供の出生届は従来通り、新字の「春」はOKですが、俗字の「旾」や旧字の「」はダメなのです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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