漢字の現在

第184回 春の伊豆の文字

筆者:
2012年5月11日

春の伊豆で、ゼミ合宿。静岡では、表記の地域性はどうだろう。都内と同様に、「月極駐車場」がほとんどだ。

春分の日の前日のことだった。思いやりの溢れる野球で、ホームインできた。野球は皆に出番が回り、皆のことばを借りると「楽しい」。前回は、この球場のホーム直前で気持ちが焦り転んで「憤死」、ケガの治療のために病院へ連れられて行った。そこで珍姓を知れたのは収穫だったが、労災の説明が恥ずかしさもあって難しかった。

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【 小室山公園 その場では中身は「エン」に見えたが…?】

フィールドから目に入った「小室山公園」の「園」の字は、明らかに点画が略されていた(写真)。草で点画を再現するためには、字形を略すしかなかったのだろう。その場では中身は「エン」が縦に書いてあるように見えた。しばしば見られる略字だ。ここでは、筆記経済よりも、植物というものの与える物理的制約条件によって、略字が選択されたのだろう。ただ、その字体は、帰宅後に写真で改めて確かめると、中身がなんだかよく分からないものだった。草木は延びたり刈られたりするので、まさに「一期一会」だ。

次に企画されたポートボールは、全く思わぬ活躍をさせてもらい、こんなところで適性を見つけられるとは、人生分からないものだ。のび太のあやとりではないが、温泉場で浴衣姿でのスマートボールも、力の入れ加減を覚え、ついに打ち止めとなったことがあった。役立たないところばかりで力が発揮される。

ゼミ生が企画してくれた障害物競走、皆が役割を担って、責任感を持って動いてくれる。本気で準備してくれた魚肉ソーセージが太い。炭酸飲料もレクリエーションの本には書いてあったとか、それよりはましだし安全だが、バリウム検査のぶん、学生諸君よりも馴れていたかも知れない。食べたくないときに口いっぱいにソーセージを頬張るのは辛いが、頑張る。女子は、4つに噛みきって含んでいたそうだ。

これだけ盛りだくさんでは、小室山に登るどころではない。恐竜のオブジェに登る男子、迫力がある長くて恐い滑り台などは、また来年以降だ。

短い休憩時間に仮眠を取る。見た目はどうにか溶け込んでいるそうだが、年齢が倍以上違う。「先生、寝ていましたか?」 何でそんなことまで分かるのかと驚くと、目が充血しているからとのこと。学生との距離は、就職当初はお兄さんくらいだったものが、だんだんお父さんに近づいてきた。

皆が成人なので、夜には少しばかりのビールも飲める(ここではビール人気は低落気味)。怪しくも単純な手品も披露する。名付けて「いきり立つハンカチ」。ハンカチが生き物のように動き出すので、どこでも面白がってもらえる。笑いから驚異に変わる。タネが分からないという。観客の視点を導くことが大切だ。皆の個性も浮き立ってくる。2年間だけだが海外にいたという帰国子女は、「嗜好品」を「かっこうひん」と言って、サークルの後輩に直されたと話す。まあ、確かに「喝」に少し似ている。「たしなむ」っぽくない、「シ」とは読めない、難しすぎると言う。今、冷静に考えてみると、形声符としては機能を失っていることがうかがえる。隣の女子は、「ちょうこうひん」と読んでいたそうだ。向かいの女子は「お猪口に似ている」とのこと。そういえば、「猪口」全体のパーツとどことなく似ているか。連想ゲームのようだ。

「よかバッテン」という方言が出ると、「×か」と首をかしげて指で示す男子。九州方言も、アニメなどでキャラクターが使わないと広まらないようだ。

筆者プロフィール

笹原 宏之 ( ささはら・ひろゆき)

早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』、この連載がもととなった『漢字の現在』(以上2点 三省堂)、『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)、『日本人と漢字』(集英社インターナショナル)、編著に『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)などがある。『漢字の現在』は『漢字的現在』として中国語版が刊行された。最新刊は、『謎の漢字 由来と変遷を調べてみれば』(中公新書)。

『国字の位相と展開』 『漢字の現在 リアルな文字生活と日本語』

編集部から

漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。