人名用漢字の新字旧字

韓国の人名用漢字は違憲か合憲か(第4回)

筆者:
2016年9月15日

第3回からつづく)

合憲派(法廷意見)は「名に通常使われない難しい漢字」の問題点に関して、以下の主張を展開しています。

漢字は象形文字・表意文字としての特性があり、中国はもちろん漢字文化圏に属した各国で過去永らく漢字を使ってきたことから、各国ごとに異なる字を作るなどの理由で、我々固有の文字であるハングルとは違い、その数が膨大で、範囲が不明だという特徴がある。
我が国は1948年に「ハングル専用に関する法律」(2005年1月27日法律第7368号「国語基本法」制定により廃止)を制定・公布して以来、おおむねハングル専用政策を主軸とし、漢字は漢字語の理解を助けるための補助道具として制限的に使用してきた。小中等教育課程においても漢字教育を必修科目に編成しておらず、漢字になじむことなく育った人々が増加している。
このような状況で、名に通常使われない漢字を使用すると、誤字が家族関係登録簿に登載される危険があり、日本式漢字など人名に不適合な漢字が使われる可能性が増大して、子の成長と福利に障害要素として作用する可能性も排除しがたく、その子と社会的・法律的関係を結ぶ人々が、その名を認識して使うのにも相当な不便を強いられることとなる。

これに対し、違憲派(反対意見)は、こう反論します。

我が国は1948年に「ハングル専用に関する法律」を制定・公布して以来、ハングル専用政策を主軸とし、全ての法令および公文書がハングル使用を原則としている。過去、戸籍簿に氏名を漢字のみで登載していた者も、1994年7月11日の旧戸籍法施行規則改正でハングルと漢字を併記するよう変更され、現行の家族関係登録簿でも「홍길동(洪吉童)」のようにハングルと漢字を併記している。また、現在の金融や不動産取引など各種司法上の法律関係においても、個人の同一性を識別し身分確認をおこなう際には、ハングルの氏名および住民登録番号を記載するのが通例であり、氏名を漢字のみで記載する場合は稀有である。したがって、名に通常使われない難しい漢字を使用すると言っても、それにより当事者や利害関係人が何の不便を被るということなのか理解しがたい。誤読の危険があるという理由で、名に使える漢字を制限するのも、説得力ある理由とはならない。初・中等教育課程で漢字教育を必修科目に編成していない現在の教育システムによる教育を受けた人々の場合、「人名用漢字」であっても、これをよく知った上で使用しているとみなすには難があるからである。

この論点に関して、筆者は、合憲派の不勉強を指摘せざるを得ません。「日本式漢字など人名に不適合な漢字」の「日本式漢字」が何を意味するのか、正確には理解しにくい文章なのですが、仮に「峠」や「笹」のような日本の国字を指しているのだとすると、これら2字は、すでに韓国の人名用漢字8142字に含まれています。あるいは「広」「徳」「頼」「歩」「穂」「児」「亜」「厳」「海」「顕」「恵」「勲」のような日本の当用漢字字体表由来の漢字を指しているのだとすると、少なくともこの12字は、すでに韓国の人名用漢字8142字に含まれています。なぜ、ここで合憲派が「日本式漢字」を引き合いに出す必要があったのか、筆者としては非常に疑問の残る部分です。

第5回につづく)

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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