人名用漢字の新字旧字

第8回「闘」と「鬪」と「鬭」

筆者:
2008年4月3日

新字の「闘」は常用漢字なので子供の名づけに使えるのですが、旧字の「鬪」は子供の名づけに使えません。実は、旧字の「鬪」も、昭和56年9月30日までは子供の名づけに使えたのですが、翌10月1日以降は使えなくなりました。つまり、昭和56年9月の時点では、「闘」も「鬪」も出生届に書いてOKだったのが、10月になって、「闘」はOKだが「鬪」はダメ、という風に変わったのです。旧字の「鬪」が使えなくなった背後には、「鬭」という別の旧字の存在がありました。

昭和21年11月16日に内閣告示された当用漢字表には、旧字の「鬪」が収録されていました。当用漢字表は部首画数順に漢字を並べており、とうがまえ(鬥)という部首には、たった一字「鬪」が収録されているだけでした。昭和23年1月1日の戸籍法改正で、子供の名づけに使える漢字は、この時点の当用漢字表1850字に制限されました。当用漢字表には、旧字の「鬪」が収録されていましたので、「鬪」は子供の名づけに使ってよい漢字になりました。

さらに国語審議会は、当用漢字の字体整理を進める中で、とうがまえ(鬥)を、もんがまえ(門)に整理しました。当用漢字表のとうがまえ(鬥)には「鬪」しか収録されておらず、これを「闘」に整理しても、他の漢字に紛れる心配はなかったからです。昭和23年6月1日に国語審議会が答申した当用漢字字体表には、「鬪」の代わりに「闘」が収録されていました。昭和24年4月28日、当用漢字字体表は内閣告示され、当用漢字表に加えて当用漢字字体表も子供の名づけに使ってよいことになりました。旧字の「鬪」も新字の「闘」も、どちらも出生届に書いてOKとなったのです。

ところが、それから32年後の昭和56年3月23日、国語審議会が文部大臣に答申した常用漢字表では、「闘」の旧字は「鬪」ではありませんでした。常用漢字表の「闘」には、別の旧字の「鬭」がカッコ書きで添えられていて、「闘(鬭)」となっていたのです。これに対し、民事行政審議会は、常用漢字表のカッコ書きの旧字355字のうち、当用漢字表に収録されていた旧字195字だけを、子供の名づけに認めることにしました(昭和56年4月22日)。旧字の「鬪」は、常用漢字表のカッコ書きに入ってないのでダメ、ということになりました。一方、「鬭」は、当用漢字表に収録されていなかったので、やっぱりダメです。つまり、新字の「闘」だけが子供の名づけに使えて、旧字の「鬪」も、別の旧字の「鬭」も、子供の名づけには使えない、ということになってしまったのです。

昭和56年10月1日、常用漢字表が内閣告示されると同時に、戸籍法施行規則も改正され、旧字の「鬪」は子供の名づけに使えなくなりました。別の旧字の「鬭」は、もともと子供の名づけに使えませんでしたし、その後も使えるようにはなりませんでした。新字の「闘」だけがOKで、それがそのまま現在も続いているのです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。京都大学博士(工学)。JIS X 0213の制定および改正で委員を務め、その際に人名用漢字の新字旧字を徹底調査するハメになった。著書に『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字コードの世界』(東京電機大学出版局)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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