英語辞書攻略ガイド

(12) 特殊辞典の世界(2)-類語辞典(シソーラス)-

筆者:
2008年8月29日

舌を噛みそうな名前ですが,シソーラス(thesaurus)は,ある単語と似たような意味を持つ語を羅列した辞書です。Thesaurusという語は,ギリシャ語のthesauros(「宝庫」)に由来しますが,文字通り,「ことばの宝箱」と言ってもよい辞書です。

英語は,同じ表現の繰り返しを好まないため,似たような語で言いかえる必要が頻繁に生じます。最近になって,『三省堂類語新辞典』をはじめ,優れた日本語のシソーラスもいくつか出てきていますが,英語のシソーラスは,その代名詞にもなっているロジェ (Peter Mark Roget) が編纂した Roget’s Thesaurus of English Words & Phrases 以来,実に150年以上もの歴史を誇ります。

シソーラスには,ロジェの伝統を受け継いだトピック(概念)別のものと,通常の辞書の感覚で使えるアルファベット順のものがあります。前者は,電話帳にたとえるならタウンページ(職業別)のようなもので,似たような概念の語をまとめてグループ化しています。たとえば,foodの項には,eatの類義語から始まって,調理法や摂食障害,肉,デザート,果物,野菜の種類に至るまで,「食」に関する何百という語が約5ページに渡ってリストされています(下図)。それぞれの概念は哲学的な配列にしたがって分類されているので,あるイメージに近い語を一覧するには便利ですが,個々の語から引く場合は,巻末の索引を使う必要があります。類語辞典というより,類語カタログといったほうがしっくりくるかもしれません。

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一方,アルファベット順のシソーラスは,通常の辞書と同じ感覚で引けるので,英語を書く際に類義語を知りたい場合などはトピック別シソーラスよりも簡単に検索できます。多くの電子辞書に搭載されている Oxford Thesaurus of English (OTE)Concise Oxford Thesaurus (COT) もその例ですが,これらのシソーラスは,単にある語の類義語を羅列するだけでなく,トピック別に「ある単語の仲間」を一覧したセクションもあります。

外国人学習者向けシソーラス

多くのシソーラスは,類語が羅列してあるだけであり,各類語ごとの細かなニュアンスの差までは分かりません。そのため,外国人学習者にとっては,かなり英語力のある者でも使いこなすのは難しいでしょう。留学へ行き,シソーラスに頼ってタームペーパー等を書いても,ネイティブに直された経験のある人は多いのではないでしょうか。

最近では,外国人学習者に特化したシソーラスも出てきています。Longman Language Activator (LLA2)Oxford Learner’s Thesaurus (OLT) 等がその例ですが,母語話者向けシソーラスにくらべ,類語の数を厳選するかわりに,類語間の意味の違いを学習英英辞典のような平易な定義で解説しています。口語的な表現を重視した LLA と,アカデミックライティングを意識し,フォーマルな語を豊富に収録した OLT は,それぞれの特徴がありますので,英語教員なら両方を座右において使いこなしたいものです。

(LLA2)

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(OLT)

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英語教育の現場でシソーラスをどう活用させるか

LLAOLT が収録された電子辞書はほとんどありませんし,冊子版の学習者向けシソーラスは高価なので,日本人の英語学習者にはあまり知られていません。もっとも,多くの電子辞書に搭載されている母語話者向けシソーラスも,工夫次第では英語学習に活用することも可能です。

先ごろオリンピック北京大会が開かれたばかりですが,各競技の名前を英語で何と言うか知りたいときは,和英辞典で1つ1つの競技を調べるより,OTE のトピック別セクションを見れば,たちどころに分かります(以下は,陸上競技のリストです)。

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電子辞書なら,それぞれの語から英和辞典や英英辞典にジャンプすることで,意味も簡単に分かります。犬好きの学生ならdog(犬の種類)を,音楽関係のサークルの学生ならmusical direction(演奏記号の種類)を OTE で検索させ,1つ1つの語句を調べさせるのも,夏休みの自由研究に最適かもしれません。

シソーラスを通して,「辞書のおもしろさ」を知る

多くの英語学習者は,「英語の辞書なんて,どれでも無味乾燥なアルファベット順に単語を並べ,意味を載せているだけなので,面白くも何ともない」と思っているようです。しかし,「意味」という観点で単語を並べ替え,それぞれの語の間に有機的なつながりをもたせたシソーラスは,一見単語の羅列のように見えますが,じっくり読むと意外と面白いものです。シソーラスを使いこなすと,一見同じような顔をしている単語も,よくよく見ると姿形はそれぞれ異なり,それぞれの語に独特な個性があることに気づくのではないでしょうか。

次回は,今までの連載のまとめとして,英語辞書のこれからの動向と,辞書利用者に何が期待されるかについて,英語辞書学の最新動向もふまえながらお話ししたいと思います。

筆者プロフィール

関山 健治 ( せきやま・けんじ)

1970年愛知県生まれ。南山大学大学院外国語学研究科英語教育専攻修士課程修了(応用言語学),愛知淑徳大学大学院文学研究科英文学専攻満期退学(英語辞書学・語用論)。現在,沖縄大学法経学部准教授。

著書に『辞書からはじめる英語学習』(2007,小学館),『ウィズダム英和辞典第2版』(共同執筆,三省堂,2006),訳書に『英語辞書学への招待』(共訳,大修館書店,2004),『コーパス語彙意味論』(共訳,研究社,2006)などがある。

編集部から

新学期にあたり,英語辞書界にこの人ありと言われる関山健治先生に,英語の辞書に関する有益な情報を短期集中連載していただきます。