地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第18回 日高貢一郎さん:国民体育大会(おおいた国体)と方言

2008年10月11日

9月27日に、第63回国民体育大会・おおいた国体が開幕しました。大分での開催は2巡目で、昭和41年以来42年ぶり。10月7日まで、県内各地で熱戦が繰り広げられ、開催県の大分は天皇杯・皇后杯を獲得して、盛会のうちに閉幕しました。

大分市内のホテルなど宿泊施設には、【写真1】のような歓迎ののぼりが見られました。

【おおいた国体での歓迎ののぼり】

【写真1 歓迎ののぼり】

大会スローガンは「ここから未来へ 新たな一歩 チャレンジ! おおいた国体」で、開会式・閉会式の式典テーマには地元大分の方言を活用して、「チャレンジ! しらしんけん」というフレーズも採用され、開会式・閉会式のプログラムにもこの表現が大きく載せられています【写真2】。

「しんけん」は、大分県の特に若者世代で広く愛用されており、共通語の〔非常に、一生懸命に〕に相当する意味あいを持つ語です。

高年層では「しらしんけん、しゅらしんけん」と言うことが多いですが、若い世代ではただ「しんけん」と、短く言うことが一般的になっています。

【おおいた国体プログラム】

【写真2 開会式・閉会式のプログラム】

ただ具体的な使い方は共通語と方言では少し違いがあり、共通語では「自分の将来をしんけんに考える」「しんけんな表情で試験問題と取り組んでいた」のように「しんけん」の後に必ず「-に、-な」が付きますが、大分県の方言では「しんけん暑い、しんけん走った」のように「-に、-な」が付かずに、後に形容詞や動詞が直接続きます(その違いを意識しない人も多く、大分の「しんけん」を共通語だと思っている人も少なくありません)。

おおいた国体ではもうひとつ、「開会式の歓迎演技」において、「HOPE! STEP! JUMP!」という曲(作詞:岩豪友樹子、作曲:古城康行)に合わせて、子供たちが集団で踊りましたが、その歌詞にも大分県の方言が登場します。その一部を紹介すると……

 駆けろ 駆けろ 駆けぬけろ 「どっとん どっとん どっとんとん」
 豊(とよ)の大地を踏みしめて しんけん しんけん しらしんけん
 Hope!(Hope)  Step!(Step) Jump!
 ひびけ ひびけ ぼくらの声が 「どっとん どっとん どっとんとん」
 この大空に 届くまで しんけん しんけん しらしんけん
              しんけん しんけん しらしんけん

 ぼくらの未来をつくるのは たったひとつのパスワード
 「そりゃ、なんな?」
 「知っちょん 知っちょん」
 「みんなが主役」

などといったフレーズがあって、特に「しんけん しんけん しらしんけん」は、この歌の中で何度もリフレーンされています。

なお、「どっとん」は擬声語・擬態語で、共通語の〔どんどん(進む)〕に相当し、「知っちょん」は「知っちょる」〔知っている〕の変化した形。「豊の大地」は古く大分県が豊前・豊後の国と呼ばれたことから、大分県を「豊の国」ということがあり、その「豊(の国)の大地を踏みしめて……」、というわけです。

国体には愛称が付けられるのが一般的ですが、沖縄の本土復帰を記念して昭和48年(1973年)に沖縄で開催された国体は、方言を活用して「若夏国体」と呼ばれました。(地元の方言では〔初夏〕のことを「わかなち」と言いますが、それを活かした命名でした)。

平成23年(2011年)の第66回山口国体は「おいでませ! 山口国体」という愛称が予定されているようです。「おいでませ」〔いらっしゃいませ〕も山口の有名な方言です。

こういった全国的な大会において、その土地らしさを強くアピールしようとする場合、地元の方言が活用されることがよくありますから、どういう語が、どのように使われているか、注目しておきたいものです。


【参考】日高貢一郎「全国高校総体(宮崎)と方言」(大分大学国語国文学会『国語の研究』第18号、平成5年3月)では、平成4年8月に宮崎県で開催された高校総体の際、宮崎駅前商店街の歓迎の旗に、都道府県別の方言で「ようこそいらっしゃいました」に相当する語を掲げたり、横断幕や商店街の歓迎ステッカーを宮崎方言で作ったり、『大会案内パンフレット』に宮崎の代表的な方言を紹介するページがあったり、さらに関係者に配る弁当の包装紙には「宮崎方言クイズ」まで登場していたことを紹介しました。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 日高 貢一郎(ひだか・こういちろう)

大分大学名誉教授(日本語学・方言学) 宮崎県出身。これまであまり他の研究者が取り上げなかったような分野やテーマを開拓したいと,“すき間産業のフロンティア”をめざす。「マスコミにおける方言の実態」(1986),「宮崎県における方言グッズ」(1991),「「~されてください」考」(1996),「方言によるネーミング」(2005),「福祉社会と方言の役割」(2007),『魅せる方言 地域語の底力』(共著,三省堂 2013)など。

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。