人名用漢字の新字旧字

第25回「弥」と「彌」

筆者:
2008年12月4日

昭和17年6月17日に国語審議会が答申した標準漢字表には、旧字の「彌」が収録されていて、新字の「弥」がカッコ書きで添えられていました。つまり「彌(弥)」となっていたわけです。ところが、昭和21年11月16日に内閣告示された当用漢字表には、「彌」も「弥」も収録されていませんでした。そして、戸籍法が昭和23年1月1日に改正された結果、旧字の「彌」も、新字の「弥」も、子供の名づけに使えなくなってしまいました。でも現在は、「彌」も「弥」も出生届に書いてOK。「彌」や「弥」は、どのようにして人名用漢字になったのでしょう。

全国連合戸籍事務協議会は昭和25年10月19日の総会で、子供の名づけに使える漢字を、当用漢字以外にも増やしてもらうべく、法務府と文部省に要望することを決めました。戸籍担当者たちは、子供の名づけが当用漢字だけで十分だとは思っていなかったからです。この時、全国連合戸籍事務協議会が要望した54字の中に、旧字の「彌」が含まれていました。全国連合戸籍事務協議会の要望を受けて、国語審議会は昭和26年5月14日、人名漢字に関する建議を発表しました。この建議は、子供の名づけに使える漢字として、当用漢字以外に新たに92字を追加すべきだ、というもので、この92字の中に「弥」が含まれていました。国語審議会の建議では、旧字の「彌」ではなく、新字の「弥」になっていたのです。翌週5月25日、この92字は人名用漢字別表として、内閣告示されました。新字の「弥」は、昭和26年5月25日から、子供の名づけに使えるようになったのです。

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一方、旧字の「彌」は、子供の名づけには使えないと思われていました。これに関して、昭和36年12月15日、当時の栃木県今市市の戸籍事務担当者は、今市市長経由で宇都宮地方法務局長に対し、以下の照会をおこないました。旧字の「彌」や、その右下を「用」にした俗字について、それらを子供の名に含む出生届を受理してよいかどうか。これに対する法務省民事局長の回答(昭和37年1月20日)は、俗字の方はダメだが、旧字の「彌」は受理してさしつかえない、というものでした。

昭和56年5月14日の民事行政審議会答申では、新字の「弥」も旧字の「彌」も、どちらも子供の名づけに使えるべきだ、ということになっていました。ただし、「彌」の右下を「用」にした俗字はダメでした。これにしたがって、昭和56年10月1日に戸籍法施行規則が改正され、新字の「弥」に加え、旧字の「彌」も人名用漢字になりました。それが今も続いていて、「弥」も「彌」も出生届に書いてOKなのです。ちなみに現在、常用漢字の改正が検討されていて、新字の「弥」が人名用漢字から常用漢字になる可能性があるようです。その時、旧字の「彌」はどうなるんでしょうね。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。京都大学博士(工学)。JIS X 0213の制定および改正で委員を務め、その際に人名用漢字の新字旧字を徹底調査するハメになった。著書に『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字コードの世界』(東京電機大学出版局)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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