水木しげるの描く一反木綿のような「エイ・フン」という字(第218回・219回)についても取り上げてみた。大きくプリントアウトしていただいていたので、広い部屋で体育座りをして見上げる120人の男女の生徒さんたちにも、実物をよく見てもらえた。絵文字に慣れた子供たちからは「かわいい」と声が挙がる。前回記した「躾」という字よりも、こちらのほうがよほど残りそうな勢いだ。
このエイ・フンには正解など準備できていない。あるいは江戸の誰かの謎かけにはめられたか。象形文字と絵文字は共通点が高く、会意文字よりも一層今の日本人の心を捉えてしまう。
ふだん使っているのは「ふんいき」か「ふいんき」かという語形についての問いには、両方の言い方が室内で交ざる。「雰」という字もまだ習っていない時期なのかもしれない。ふんいきのフンに早速、先ほどのエイ・フンの字を当ててくる生徒さんも現れる。まだ頭が柔らかい。何か言うと、「ア~」「ヘ~」「エ~」のほか、大学では珍しい「ワー!」という反応が来るのが新鮮だ。こうした中学2年生との交流は、とてもありがたい。
昼食を済ませた掃除の後で、眠くならないようにするのも使命だ。お忙しいのに先生方もおいでくださっている。
アクセントの話では「飴」を許容字体で手書きしてみる。「あめ(めが高い)」と読める。生活する中で、自然に覚えるものだ。「苺」も読める。これが漢字教育を超えた日常の文字生活で個々人の心内にある辞書に刷り込まれた結果であろう。理解字となっていれば、容易に使用字になる。
「躾」の読み方は?
モデル
ダイエット
これらは筆跡から女子と思われる。「絶対に笑う」と出し渋る女子たちもいる。友達と答えを揃えた女子たちもいた。
ダイエッター
これは男子か。
「よろしく」はどうだろう。間違えて「宣」や「(宀に旦)」などと書いてしまう人がいるのは、「宜しく」と国語で習うことはないので、無理もない。むしろ、中学生にしてこういう表外訓をなんとなく会得していることに気づかされる。「4649」「四六四九」という答えも出るので、江戸時代の滝沢馬琴も後者を書いていたと紹介してみる。「えー」、よく読書をしたり文学史などを学んだりしていないと、その背景も理解できず、面白さが感じられないはずだ。
「夜露死苦」は、暴走族が画数の多めでマイナスイメージをもつ漢字を選んで当てた代表的な当て字だ。この地でもこれが壁に落書きされるようなことは減っているそうだが、やはりあちこちで継承されていてこれが頭にこびりついて残っているようで、何人も書いてきた。
正しい文字・表記とはなにか、今は懸命に一つの答えに向けて勉強している最中だが、解答欄や辞書にあるものよりも位相的な当て字の方が印象深いことがあるという現実にも薄々感づいていくことかもしれない。