人名用漢字の新字旧字

第66回 「気」と「氣」

筆者:
2010年7月1日
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新字の「気」は常用漢字なので、子供の名づけに使えます。旧字の「氣」は人名用漢字なので、やはり子供の名づけに使えます。つまり、「気」も「氣」も出生届に書いてOKですが、その背後には「」があったのです。

漢字制限に関する審議をおこなっていた国語審議会は、昭和17年6月17日、文部大臣に標準漢字表を答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、2528字が収録されており、その中に旧字の「氣」が含まれていました。「氣」の直後には、カッコ書きで簡易字体の「」が添えられていて、「氣()」となっていました。標準漢字表では、簡易字体の「」はカッコ書きになっているものの、一般に使用して差し支えないということでした。

ところが戦後になって、国語審議会は「」を撤回しました。昭和21年11月5日に国語審議会が答申した当用漢字表には、旧字の「氣」は収録されていたものの、簡易字体の「」は含まれていませんでした。この結果、昭和21年11月16日に内閣告示された当用漢字表1850字には、旧字の「氣」が収録されていて、簡易字体の「」はどこにもありませんでした。ただし、当用漢字表のまえがきには「字体と音訓の整理については、調査中である」と書かれていました。昭和23年1月1日の戸籍法改正で、子供の名づけに使える漢字は、この時点の当用漢字表1850字に制限され、旧字の「氣」が子供の名づけに使ってよい漢字になりました。

当用漢字字体の整理をおこなうべく、文部省教科書局国語課は昭和22年7月15日、活字字体整理に関する協議会を発足させました。活字字体整理に関する協議会は、昭和22年10月10日に活字字体整理案を国語審議会に報告しました。活字字体整理案では、旧字の「氣」の字体を整理するにあたり、「」でなく「気」とすることが提案されていました。これを受けて国語審議会は、昭和23年6月1日、当用漢字字体表を答申しました。当用漢字字体表は、活字字体の標準となる形を手書きで示したもので、新字の「気」が収録されていました。昭和24年4月28日に、この当用漢字字体表が内閣告示された結果、新字の「気」が当用漢字となり、旧字の「氣」は当用漢字ではなくなってしまいました。

当用漢字表にある旧字の「氣」と、当用漢字字体表にある新字の「気」と、どちらが子供の名づけに使えるのかが問題になりましたが、この問題に対し法務府民事局は、「氣」も「気」もどちらも子供の名づけに使ってよい、と回答しました(昭和24年6月29日)。でも「」は、当用漢字表にも当用漢字字体表にも含まれていなかったので、子供の名づけには使えませんでした。その後、常用漢字表の時代になって、新字の「気」は常用漢字になりましたが、一方、旧字の「氣」はそれまで子の名に使えてきた経緯を踏まえて、人名用漢字となりました。この結果、現在に至っても、「気」と「氣」は子供の名づけに使えますが、「」はダメなのです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。京都大学博士(工学)。JIS X 0213の制定および改正で委員を務め、その際に人名用漢字の新字旧字を徹底調査するハメになった。著書に『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字コードの世界』(東京電機大学出版局)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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