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地域語の経済と社会 第137回 Googleマップによる日中の「亮月」の方言

2011年 2月 12日 土曜日 筆者: 井上 史雄

地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第137回「Googleマップによる日中の「亮月」の方言」
Japanese and Chinese dialectal “bright moon” by Google maps

 インターネットのGoogleマップを使うと、言語地図が簡単に作れます。今回は、中国の方言と日本語についての複雑微妙な関係について考えてみましょう。

 中国語の方言差が大きいことはよく知られています。最近日本の岩田礼さんが、中国語の方言地図集『漢語方言解釈地図』(白帝社)を出しました。その目次は中国語と英語だけですが、以下のホームページで日本語訳も見られますから、使いやすくなりました。見本の地図も見られます。

 ⇒岩田礼さん『漢語方言解釈地図』Sample Mapsのページへ

 『漢語方言解釈地図』のおかげで、どの程度ことばが違うかの見当がつきました。「太陽」や「月」という基本的単語でさえも、方言差があります。「Google翻訳」では、世界59言語の相互翻訳ができますから、英語の“moon”を入力して中国語に翻訳したら、「月亮」と出ました。『漢語方言解釈地図』をみると、確かに「月亮」は中国北部はじめ全土で使われます。しかし他の言い方も多く、例えば「亮月」が江蘇省のあたりで使われます。

(画像はクリックで拡大します)
図 Googleマップによる日中の「亮月」
【図 Googleマップによる日中の「亮月」】

 「亮月」はどこかで見たことばです。Googleマップで検索したら、日本の料亭の名前で出ていました。また中国の各地でも使われます。またGoogleで画像を検索したら、旅館や製作所の看板も出ました。人寄せにも使われる、経済価値のあることばです。

 「亮月」は日中で共通の言い方ですが、日本の漢和辞典で調べると、「明るい月、明月」の意味です。中国語でも本来この意味だったんでしょう。しかし『漢語方言解釈地図』によると、のちに古都南京あたりで「月」の意味で使いはじめたのです。たぶん単に「月」というと短いし、年月日の「月」と区別がつきにくいので、「月亮」「亮月」のように別の要素を付けたのでしょう。日本語でもただ「な」というと分かりにくいので、「名前」「菜っぱ」「さかな(=酒+菜)」のように長くして区別しやすくしました。

 「月亮」は普通話(標準語)ですが、「亮月」は南京付近の方言です。でもGoogle マップの「亮月」は、『漢語方言解釈地図』の「月」の意味の分布より広くて、台湾やウイグル自治区でも使われています。地図左の一覧表をみると、主に店名や地名です。日本も含め、漢字圏周辺部では、本来の「明るい月」の意味で使われているのでしょう。

 Google マップで漢字を入れてみると、意外なことばが日中で共通に使われていて、楽しめます。なお、付図のような形で地図を出す知恵について、またGoogleマップの画面の保存については、第127回「Googleマップで見る関西弁の世界進出」をご覧ください。

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【筆者プロフィール】

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
 井上史雄大橋敦夫田中宣廣日高貢一郎山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

『社会方言学論考―新方言の基盤』『日本語ウォッチング』井上史雄(いのうえ・ふみお)
明海大学外国語学部教授。博士(文学)。専門は、社会言語学・方言学。研究テーマは、現代の「新方言」、方言イメージ、言語の市場価値など。
履歴・業績 http://www.tufs.ac.jp/ts/personal/inouef/
英語論文 http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/affil/person/inoue_fumio/ 
「新方言」の唱導とその一連の研究に対して、第13回金田一京助博士記念賞を受賞。著書に『日本語ウォッチング』(岩波新書)『変わる方言 動く標準語』(ちくま新書)、『日本語の値段』(大修館)、『言語楽さんぽ』『計量的方言区画』『社会方言学論考―新方言の基盤』(以上、明治書院)、『辞典〈新しい日本語〉』(共著、東洋書林)などがある。

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【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載の始まりです。

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2011年 2月 12日