タイプライターに魅せられた男たち

内容紹介

筆者:
2011年8月11日

1870年代から1970年代にかけて、タイプライターと呼ばれる機械が一世を風靡しました。A〜Zのボタンを押すだけで、活字で書かれた文章を紡ぎ出すことができるこの機械は、人が文章を書く、という行為そのものを変質させてしまいました。それまでペンや鉛筆で書いていたものが、ボタンを押す、という動作に変化してしまったのです。その影響は、現代のパソコンや携帯電話にまで及んでいる、と言っても過言ではありません。

タイプライターの発明・発展は、多くの人たちに支えられていました。ある者はタイプライターの発明に心血を注ぎ、ある者はタイプライターの特許で一儲けしようとし、ある者はタイプライター市場の独占を狙い、ある者はタイプライターに知的労働の将来を託し、とにかく多くの人々がタイプライターに魅せられたのです。そんなタイプライターに魅せられた人々のうち、ごく一握りの代表的な人たちを、この連載では順に紹介していこうと思います。

ただ、タイプライターとそれにかかわった人々の歴史を理解するには、当時のアメリカにおける発明熱というものを、少しは知っておく必要があるでしょう。アメリカで起こったいくつかの大きな出来事も含め、ざっと年表で見てみましょう。

1844年5月 モールスがワシントンDC〜ボルチモア間で電信実験に成功
1845年12月 テキサスを合衆国に併合、米墨戦争勃発
1848年2月 米墨戦争終結、カリフォルニア・ネバダ・ニューメキシコなど合衆国に併合
1858年6月 日米修好通商条約締結
1861年4月 南北戦争勃発
1865年4月 南北戦争終結、リンカーン大統領暗殺
1865年12月  合衆国憲法修正第13条成立、奴隷制廃止
1866年8月 大西洋海底電信ケーブル(ニューファンドランド島〜バレンティア島)運用開始
1869年5月 大陸横断鉄道が開通
1876年8月 ベルがオンタリオ州のブラントフォード〜パリ間で電話実験に成功
1877年11月 エジソンが蓄音器の実用化に成功
1879年10月 エジソンが炭素フィラメント電球の実用化に成功
1888年9月 イーストマンがロール・フィルム・カメラの実用化に成功
1890年6月 ホレリスがパンチカードによる大規模統計機の実用化に成功
1898年4月 米西戦争勃発
1898年8月 米西戦争終結、プエルトリコ・ハワイ・グアム・フィリピンを合衆国に併合
1899年2月 米比戦争勃発
1902年7月 米比戦争終結、フィリピンを植民地化
1903年12月 ライト兄弟が動力飛行機の有人実験に成功
1906年12月 フェッセンデンがラジオ放送の実験を開始
1908年10月 T型フォード発売
1914年1月 定期飛行艇がセントピーターズバーグ〜タンパ間に就航
1919年1月 合衆国憲法修正第18条成立、合衆国全土に禁酒法を適用
1920年8月 合衆国憲法修正第19条成立、女性参政権の確立
1927年10月 トーキー映画『ジャズ・シンガー』公開
1929年10月 世界大恐慌
1931年11月 AT&Tがテレックス(TWX)サービスを開始
1933年12月 合衆国憲法修正第21条成立、禁酒法廃止
1940年9月 ベル電話研究所がリレー式デジタル計算機Model Iを公開
1941年12月 真珠湾攻撃、太平洋戦争勃発

イギリスの旧植民地の1つに過ぎなかったアメリカ合衆国は、これら多くの発明と幾度かの戦争によって、世界一の大国へと発展していくのです。タイプライターの発明と発展も、そのさなかにありました。そしてそれは、アメリカの光と陰を、さまざまに反射しているのです。

この連載の最初を飾る一人は、タイプライターの父、クリストファー・レイサム・ショールズです。8月25日の掲載開始をご期待ください。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

編集部から

ご好評をいただいた「人名用漢字の新字旧字」の連載は第91回でいったん休止し、今後は単発で掲載いたします。連載記事以外の記述や資料も豊富に収録した単行本『新しい常用漢字と人名用漢字』もあわせて、これからもご愛顧のほどよろしくお願いいたします。
新連載「タイプライターに魅せられた男たち」は、8月25日から毎週木曜日に掲載予定です。キーボードのQWERTY配列にまつわる神話を解体してきた安岡孝一先生が、タイプライターという製品を通じて近代アメリカの活力と酷薄さに迫ります。どうぞご期待ください。