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What’s Going On(1971/全米No.2)/マーヴィン・ゲイ(1939-1984)

2011年 10月 12日 水曜日 筆者: 泉山 真奈美

歴史を彩った洋楽ナンバー~キーワードから読み解く歌物語~ 第1回

●歌詞はこちら http://lyrics.wikia.com/Marvin_Gaye:What%27s_Going_On

曲のエピソード

R&B/ソウル・ミュージック界において1960~1980年代に活躍したマーヴィン・ゲイは、兵士としてヴェトナム戦争に派遣されていた弟フランキーからの手紙によって、想像を絶する戦場の悲惨な状況を知る。そのことに触発されて作ったのが「What’s Going On」。歌詞のどこにも“the Vietnam War”が出てはこないものの、この曲は1960年代後期からアメリカ全土で沸き起こったヴェトナム戦争(1954-73)への反戦運動を意識して作られたもの、というのは厳然たる事実。共作者のひとりが、「当時、街中で日常茶飯事的に繰り広げられていた、反戦を声高に唱える若者集団とそれを押さえつけようとする警察との衝突がヒントになった」と証言している。

曲の要旨

戦場に駆り出される若き兵士たちが次から次へと命を落とし、彼らの母親たちは悲嘆に暮れている。どうして僕たち若者が、大人の身勝手さが引き起こした戦争の犠牲にならなければならないのだろう? 一体この世はどうなってしまったのか?(=What’s going on?) 今、必要なのは暴力や憎しみではなく、互いを思いやる気持ちだというのに。暴力では何も解決しない。同じ人間同士が心を開いて語り合えば、問題(戦争)を解決する糸口がきっと見つかるはず。

1971年の主な出来事

アメリカ: この年の春までにアメリカ軍15万人をヴェトナムから撤兵させると発表。
New York Times紙がアメリカ国防総省の秘密文書を掲載して物議を醸す。
日本: 沖縄返還協定に調印する。
世界: 印パ戦争が勃発。

1971年の主なヒット曲

Imagine/ジョン・レノン
Me And Bobby Mcgee/ジャニス・ジョプリン
Joy To The World/スリー・ドッグ・ナイト
Brown Sugar/ローリング・ストーンズ
It’s Too Late/キャロル・キング

What’s Going On のキーワード&フレーズ

(a) There’s too many of you ~
(b) What’s going on
(c) some loving

戦争にかけては百戦錬磨と言われるアメリカ合衆国は、ヴェトナム戦争での敗戦というこの上もない屈辱を味わった。ケネディ大統領の暗殺、アメリカ全土に燃え広がる公民権運動とその終焉、アフリカン・アメリカン指導者のマーティン・ルーサー・キング牧師の暗殺など、激動の1960年代を乗り越え、人々が明るい未来に一縷の望みを託そうと懸命になっている最中にアメリカはヴェトナム戦争への道を突き進んだのだった。

人種も世代も超えて、日々、高まる反戦運動の余波。そんな中、約1年間の沈黙を破ってマーヴィン・ゲイが世に問うたのが「What’s Going On」だった。同曲から遅れること半年余り、やはり反戦歌として捉えられることの多いジョン・レノンの「Imagine」(全米No.3)は、当時アメリカのラジオ局で放送禁止の憂き目に遭う。表向きには、♪… no religion…(宗教のない世界を想像してごらん)のフレーズが放送コードに引っ掛かった、ということになっている。事の真偽はさておき、誰もが反戦歌として認知している「What’s Going On」は過去に一度も放送禁止になったことがない。最大の理由は、どこにもハッキリとした反戦を唱えるフレーズが出てこないこと、そして宗教関連の言葉が皆無であること。かと言って、まるでオブラートにくるんだようなうやむやな言葉で反戦を唱えているのではない。誰にでも解り易く、それでいて奥深い言葉が紡がれているのである。

曲の冒頭にあるフレーズ(a)は、英文としていささか面食らう文体だ。そこを解り易く書き換えると、以下のようになる。

♪Too many mothers are crying over their sons who are fighting over in Vietnam.
(大勢の母親たちがヴェトナム戦争の前線で戦っている我が子を思って涙を流している)

実際には歌詞のどこにも“Vietnam”と出てこないのだから、そこは聴く側が想像力を働かせるしかない。が、この曲が発表された1971年という時代を考えると、“涙を流す大勢の母親”の涙のよって来たるところは何か、ということに思いを馳せる必要がある。また、曲が誕生するまでのエピソードを知れば、戦場に我が子を送り出した母親たちが悲嘆に暮れている理由が自ずと判然とする。

曲(とこの曲が収録されているアルバム)のタイトルにもなっている(b)は、親しい者同士の挨拶としても使われる。「最近、どうしてる?」、「最近、調子はどうだい?」といった具合に。よって、異なる英文に書き換えるなら、“What’s happening?”でもいいし、“How are you doing?”でもいい。ところが、この曲に限って言えば、その掛け声は挨拶ではない。これに言葉を補うと、次のようになるからである。

♪What’s going on in the battlefield of the Vietnam War?

あるいは、この戦争に軍事介入したアメリカ政府を皮肉って

♪What’s going on in this country?(this country=America)

という解釈も一方では成り立つ。

本来、ここは次のようなフレーズだったのでは、とふと思う。

♪What THE HELL is going on?(一体全体、世の中はどうなっちまってるんだ?)

流麗なメロディを従えてソフトに歌うマーヴィンではあるが、この曲には痛烈な戦争批判のメッセージが込められているからだ。

また、個々のフレーズの“what”は、実は関係代名詞でもある。そのことは、サビの部分を聴けば解り易い。昔の文法の授業風に言うと「世の中で起こっているところのものが君にも判るはず」というフレーズに姿を変えているから。つまり、この曲のタイトルは、疑問文でもあり、その一方では、“what”は先行詞を必要としない関係詞として使われているわけである。例えば、“I won’t forgive what you have done to me.(あなたが私にしたことを許すつもりはない)”の“what”のように。

(c)は、“love”が動名詞になっているところがミソ。“some love”ではなく“some loving”。「今、求められているのは some loving だ」とこの曲は説く。もともと“loving”は形容詞(情愛のある、深い愛情に満ちた、忠誠の…etc.)であるが、ここではもちろん名詞として使われている。では何故に動名詞にする必要があったのか?

長年、洋楽ナンバーの歌詞を訳していると、イヤというほど♪I want your loving… というフレーズに出くわす。訳詞の作業をしているうちに、“love”をわざわざ動名詞にするのは、そこに“行為を伴う”からである、ということに気付いた。例えば、それが男女間に介在する“loving”であるなら、その“love”は決してプラトニックなそれではない。もっと即物的なものになる。つまり、♪I want your loving…は、「あなたに(君に)身体で愛して欲しい」と言ってるフレーズだ。

翻って「What’s Going On」の“loving”は、極端に意訳するなら“態度で示す人類愛”であろう。この戦争を終わらせる最良の秘策は“loving”である、と。そしてマーヴィンは、こうも歌っている。「今、必要なのは互いを理解する気持ち(=understanding)である」と。そこから立ち上ってくるのは、“戦争は愚の骨頂。互いに武器を取って戦うよりも、人類は互いに手を差し伸べ、愛情を持って接するべきである”という普遍的メッセージである。が、悲しいかな、多くの人類はそれに気づかないために、いつの世も愚かな戦争をくり返すのだ。

1971年当時、この曲の邦題を「愛のゆくえ」といった。邦題とは、そのアーティストが所属するアメリカなりイギリスなりのレーベルと契約を結んでいる日本のレコード会社の担当ディレクター氏が決定権を持つ、日本におけるタイトルの総称を指す(洋画も同様/蛇足ながら、筆者は過去に洋楽ナンバーや洋画の邦題付けに関わった経験がある)。中には、誤訳極まりないトンデモ邦題もあれば、珍訳によるキテレツ邦題、意訳による素晴らしい邦題もある。「愛のゆくえ」に限って言えば、それはもうキテレツ邦題の部類に入るであろう。目下、この曲の邦題はカタカナ表記の「ホワッツ・ゴーイン・オン」になっているが、だいぶ前に、昔とは違うマーヴィン・ゲイの担当ディレクター氏の判断によって、「愛のゆくえ」は闇に葬られた。そしてその時、筆者は意見を求められた。「もう“愛のゆくえ”をやめてもいいですよね?」 当然のことながら、待ってましたとばかりに「やめましょう!」と賛同した。

今から四半世紀以上も前、筆者はかつて所属していた三沢米軍基地内の日米友好クラブのメンバーだったアフリカン・アメリカン男性に「この曲の邦題(Japanese title)はオリジナルと全然違うのよ」と教えたことがある。「何て言うんだ?」と訊ねられたので、「“Where Did The Love Go”っていうの」と教えたら、返ってきた反応は“What THE HELL is that?!(何だそりゃあ?!)”であった。アメリカ人もブッ飛ぶキテレツ邦題。

また、2010年7月、翻訳家の青山南氏のお招きにより、氏が教鞭を執っていらっしゃる早稲田大学(氏の母校)で筆者はゲスト講師を3コマの授業で務めたのだが、その際にこの「What’s Going On」を反戦歌の代表的ナンバーとして取り上げた。事前の打ち合わせに臨んだ際にそのことを告げると、青山先生はおもむろに研究室の書架から1冊の本を取り出してみせた。それは、アメリカの詩人/小説家のリチャード・ブローディガン(Richard Brautigan)の「愛のゆくえ」(青木日出夫訳)。原題を THE ABORTION: An Historical Romance 1966 という。青山先生曰く「やっとこの日本語タイトルの謎が解けた!」――同書の訳書が日本で初めて発売された年は、「What’s Going On」と同じ1971年なのだった。続けて「きっとこの日本語タイトルを付けた当時の担当編集者は、マーヴィン・ゲイの‘愛のゆくえ’を知って“こりゃいいぞ!”と思ったんだろうなあ…」。そうおっしゃった後に深~い溜め息をつく。トンデモ&キテレツ邦題の影響、恐るべし。

1980年代初期、アフリカの飢餓が世界的に知られることになり、世界中で救済の機運が高まった。その際、チャリティ・シングルとして大勢のアーティストたちが参加してレコーディングが行われた際に歌われたのは、この「What’s Going On」だった。また、2001年のあの9・11アメリカ同時多発テロの犠牲者の遺族や被害者たちの救済を目的としてレコーディングされたチャリティ・シングルもまた、同じく「What’s Going On」である。ヴェトナム戦争への反戦歌が、時を経て今なお歌い継がれているというこの現実。どこにも“Vietnam”や“war”が出てこないことも幸いしたのだろうが、今もこの曲に込められたメッセージが少しも色褪せていないという何よりの証左であろう。

筆者は3・11の東日本大震災のあの日、家人と共に藤沢駅前のビルで開催されていた湘南・古書まつりに意気揚々と乗り込んでいた。しこたま古書を買い込んでビルと駅をつなぐ歩道橋に一歩足を踏み入れた途端に、かつて経験したことのないあの大きな揺れに遭遇したのだった。その瞬間、すぐさま頭の中で鳴り響いたのはこの「What’s Going On」。自分でも何故だか判らないが、揺れが収まるまで延々とこの曲のメロディと歌詞が、頭の中でメリーゴーランド状態で流れていた。これほどまでに影響力と持続力を保ち続けている魂の救済ソングを、筆者は寡聞にして他に知らない。

【筆者プロフィール】

泉山真奈美(いずみやま・まなみ)

1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「リリック英文法」)の講師を務める。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。近作はマーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツ。

2011年 10月 12日