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オーガスト・ドボラック(1)

2012年 5月 24日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・第35回

オーガスト・ドボラック

キー配列改良の雄、ドボラック(August Dvorak)は、1894年5月3日、ミネソタ州グレンコーに生まれました。中等教育を終えた後、1911年から1915年にかけて小学校教師を務め、1916年ミネソタ大学に入学、1920年に文学士の学士号を取得しました。その後、ミネソタ大学附属高校の教師を務めながら研究を進め、その間1920年9月21日にハーマイオニー(Hermione Louise Dealey)と結婚、生涯に少なくとも3人の娘をもうけました。ドボラックは『一般科学における達成と主題の研究』(A Study of Achievement and Subject Matter in General Science)で、1923年にミネソタ大学の博士号を取得、その年にワシントン大学(University of Washington)教育学部の助教に就任しています。

ワシントン大学でドボラックは、特異児の才能発揮に関する研究をおこなっていました。そんなドボラックの研究方向が大きく変化したのは、フォード(Gertrude Catherine Ford)という学生が修士号を取得してからです。フォードは、元はワシントン大学事務部の助手だったのですが、ドボラックの下で『タイピング・エラーに関する研究』(A Study of Typewriting Errors)をおこない、1928年にワシントン大学教育学部の修士号を取得したのです。フォードの研究によれば、タイプライターにおける打ち間違いは、「the」「to」「and」「of」「is」「which」「it」「that」「for」「with」「when」「have」「be」「would」「will」など使用頻度の高い単語ほど起こりやすい、という結果でした。使用頻度の高い単語は、慣れによって打ち間違いが減っていくのだろう、と漠然と考えられていたのが、現実にはそうではないことが確かめられたのです。

1929年、ワシントン大学の准教授に昇進したドボラックは、妻の兄で同僚のディーリー(William Learned Dealey)と共に、タイプライターにおける打ち間違いを減らすべく、研究を開始しました。従来とは異なるタイピング教育によって、打ち間違いを減らすことができるのではないか、というのが、彼らの目算でした。しかし、マッガリン(Frank Edward McGurrin)に始まるタッチタイピング法は、当時すでにタイピング教育の主流となっていました。キーボードを見ないで打つ以上、打ち間違いは避けられないように思われました。そこで、ドボラックとディーリーは、タイピング法や教育法を改良するのではなく、キー配列の方を改良することにしたのです。使用頻度の高い単語をタッチタイピングしやすいように、新たなキー配列を設計しなおすことにしたのです。

編集部注:人名のカタカナ表記は英語式の発音をもとにしています。

オーガスト・ドボラック(2)に続く)

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://slashdot.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

編集部から

近代文明の進歩に大きな影響を与えた工業製品であるタイプライター。その改良の歴史をひもとく連載「タイプライターに魅せられた男たち」を、今週から再開します。毎週木曜日の掲載です。

2012年 5月 24日