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You Can’t Hurry Love(1982/全米No.10,全英No.1)/フィル・コリンズ(1951-)

2012年 10月 3日 水曜日 筆者: 泉山 真奈美

歴史を彩った洋楽ナンバー~キーワードから読み解く歌物語~ 第51回

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●歌詞はこちら
http://www.songlyrics.com/phil-collins/you-cant-hurry-love-lyrics/

曲のエピソード

モータウン・サウンドを代表する、ダイアナ・ロスを中心とした女性トリオのシュープリームスによるオリジナル・ヴァージョンは、1966年に全米No.1を獲得している。フィル・コリンズによるカヴァーは、全米チャートでこそNo.10止まりだったが、本国イギリスのナショナル・チャートでは堂々のNo.1に輝いた。ちなみに、シュープリームスのオリジナル・ヴァージョンは、1966年当時、全英チャートでNo.3を記録している。

モータウン・サウンドは今でも世界中の人々に愛されているが、とりわけ、イギリス人たちがその音楽に寄せる思いは深い。これまで、数多くのイギリス人アーティストがモータウン・サウンドから影響を受け、また、カヴァーもし、そうすることで憧憬や畏敬の念を表してきた。P・コリンズもご多分に漏れず、モータウン・サウンドに深い愛着を持ったイギリス人アーティストのひとり。1970年にジェネシスがドラマーを公募していたのを知り、オーディションに見事合格して加入。グループ活動の傍ら、ソロ・シンガーとしての活動も続け、数々のヒット曲を放った。1996年に、ソロ活動に専念するためグループを脱退。現在もソロ・シンガーとして精力的に活動している。

面白いのは、シュープリームスのオリジナル・ヴァージョンがヒットしていた頃と、P・コリンズによるカヴァー・ヴァージョンがヒットした1980年代初期は、奇しくも、いわゆるブリティッシュ・インヴェイジョン(多くのイギリス人アーティストによるアメリカ進出)の現象が起きており、16年の歳月を経て、「You Can’t Hurry Love(邦題:恋はあせらず)」(カヴァー・ヴァージョンの邦題も同じ)が再び米英のチャートをにぎわしたこと。P・コリンズ本人は「モータウン・サウンドへの敬意を表するつもりでカヴァーした」といった主旨の発言をしているが、彼がこの曲をレコーディングしようと決めた時、1960年代のブリティッシュ・インヴェイジョンのことが頭をよぎったかどうか、ぜひとも本人に訊いてみたいものだ。

曲の要旨

僕は恋愛がしたくてたまらない。“僕だけのもの”って呼べる恋人が欲しくて仕方がないのさ。だけど母さんに言わせると、焦って恋愛をしちゃダメなんだって。恋愛はそうそう上手くいかないものよ、って母さんは僕を諭したんだ。だけど、僕は独りぼっちの人生を送るなんて耐えられないよ。その一方では、母さんが僕に言った恋愛についてのアドバイスが、未だに頭から離れないんだ。だから僕にぴったりの相手が現れてくれるまで、辛抱強く待ち続けるよ。

1982年の主な出来事

アメリカ: 第40代大統領のロナルド・レーガンによる経済政策(いわゆるReaganomics)が失敗に終わり、インフレが進み失業率が11パーセントに達する。
日本: 東京のホテルニュージャパンで火災が発生、死傷者が67人に上る大惨事に。
世界: 3月にフォークランド紛争が勃発(同年6月に終結)。

1982年の主なヒット曲

Chariots of Fire/ヴァンゲリス
Don’t You Want Me/ヒューマン・リーグ
Eye of The Tiger/サヴァイヴァー
Jack & Diane/ジョン・クーガー
Mickey/トニー・ベイジル

You Can’t Hurry Loveのキーワード&フレーズ

(a) ease one’s mind
(b) a game of give and take
(c) I can’t go on

この曲をカヴァーした時、P・コリンズは31歳だった。まさに働き盛りの男である。そして彼は、この曲でもって、自身初となる全英チャート制覇を成し遂げたのだった。彼にとってもファンにとっても、1982年は忘れ難い一年であるに違いない。

が、ちょと待って欲しい。これって、31歳の(シツレイながら、ちょいとおぐしの薄い)男性がカヴァーしたら、英語圏の人々の耳にはどんな風に響くのだろう? 大ヒットしていた頃、FEN(現AFN)でもしょっちゅう流れていたのを記憶しているが、“31歳の男性が「ママに恋愛を焦っちゃダメよ」と言われている曲を歌っている”ということを、当時は全く意識しなかった。「ああ、P・コリンズもやっぱりモータウン・サウンドの愛好家だったのね」ぐらいにしか思わなかったから。

今回、本コラムで同曲を採り上げるにあたり、実に30年ぶり(!)にこのカヴァー・ヴァージョンを聴いてみて、何だか妙な気持ちになってしまった。ひと言で言うなら、「彼女いない歴31歳の男、恋人募集中」といった内容の曲に聞こえてしまったからだ(苦笑)。やはり、オリジナル・ヴァージョンあってのカヴァー・ヴァージョンである。多くの人々がこの曲のオリジナルの良さを知っているからこそ、30代初頭の男性によるカヴァーも、ここまで大ヒットしたのではないだろうか。

筆者は30年ぶりにこの曲を聴いて、あるカヴァー・ヴァージョンを思い出した。それは、クインシー・ジョーンズの秘蔵っ子だったR&Bシンガーのテヴィン・キャンベル(Tevin Campbell)のヒット曲「Can We Talk」(1993/全米No.3/同曲をレコーディングした時、彼は16歳だった)。そして同曲を、往年の男性R&Bヴォーカル・グループのウィスパーズ(The Whispers)が1997年にカヴァーしたのだ。歌詞の内容は、思春期の16歳の少年にふさわしく、好意を寄せている女の子に対して「ほんの少しの間でいいから僕と会話してみない?」と、恐る恐る語り掛けるもの。それをいいトシをしたオヤジ連中(当時、ウィスパーズの平均年齢は50歳を超えていた)が「僕と会話してくれる?」と歌うものだから、どうしてもロリコン・ソングか、下品な言い方をすれば“買春オヤジたちの歌”にしか聞こえなかった。ひるがえってP・コリンズの「恋はあせらず」には、そうした甚だしいジェネレイション・ギャップは感じられない。恐らくは、彼のカヴァーは、モータウン・サウンド、ひいてはシュープリームスへの深い思い入れを聴く側に感じさせ(一人三役を演じて男性版シュープリームス風に仕立てたPVもその証左のひとつ)、彼の歌声にその思いの丈が滲み出ているため、極端な違和感を払拭したカヴァー・ヴァージョンに仕上がったのだろう。

モータウン・サウンドと共に育った筆者は、三人称単数現在の動詞の現在形に必ず s が付く、という法則を無視したフレーズを、シュープリームスの「恋はあせらず」で知った。そのフレーズとは、

♪Love don’t come easy …

である。もちろん、正しくは

♪Love doesn’t come easy …

なのだが、それだとメロディに上手く乗っからない。長じて、例えば“He don’t come.”などと口語的に言うことも可能、というのを知ったのだが、筆者は決して会話の際には使わない。過去に、人称を無視したフレーズを無数に訳してきたが、洋楽ナンバーのほとんどは口語で歌われているため、もはやいちいち気にしなくなった。が、今でも(誰によるヴァージョンだろうと)“Love don’t come easy …”と歌われるこの曲をどこかで耳にすると、子供の頃に「どうして“doesn’t”じゃないんだろう?」と疑問に思ったことが蘇る。

(a)は、辞書の“ease”(vt.)の箇所に必ず載っている言い回しで、洋楽ナンバーにも頻出する。意味は「~の心を鎮める、~の気持ちを和らげる」など。この曲の主人公は、恋愛をして、今のモヤモヤとした気持ちを鎮めたい、と歌っているのだが、恋愛をすると心が鎮まるどころか、かえって火が付いてしまうのでは…?

先述の“Love don’t come easy …”は、主人公の母親が子供に向かって恋愛指南をする際の言葉だが、それに続くのが(b)である。“give and take”は「互いに譲り合う、意見を交換する」といった意味が辞書には載っているが、筆者は愛用の辞書に、赤ペンで「持ちつ持たれつ」という意訳を書き込んである。そしてこの曲における“give and take”は、「駆け引き」という日本語しか思い浮かばない。つまり主人公の母親は、「恋愛は心の駆け引きのゲームなのよ」と子供に釘を刺しているわけだ。「恋愛は互いに譲り合うことよ」では、この曲の主旨から大きく外れてしまう。

(c)にある“go on”はイディオムで、様々な意味を持つ。「進む、(行動などを)続ける、旅を続ける」… etc.。「恋はあせらず」では、「今すぐにでも恋人と呼べる相手が欲しい。だけど、あの言葉(=母親に言われた恋愛に関する忠告)が頭から離れなくて、そこで自分で自分に待ったをかけてしまう」といった風に歌われている。筆者は(c)を「待ったをかけてしまう」と意訳してみたのだが、いかがだろうか? もちろん、歌っているのが31歳の男性というのを意識して、少し大人っぽい口調の日本語を当てはめてみた。

そして還暦を過ぎたP・コリンズは、今でもステージでこの曲を歌い、観客を大いに盛り上がらせる。もはや誰ひとり、彼の「恋はあせらず」に違和感を感じなくなっているのだ。

【筆者プロフィール】

泉山真奈美(いずみやま・まなみ)

1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「リリック英文法」)の講師を務める。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。マーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツを担当した。その他、ジャンルを問わずポップス、ロックの訳詞も手がける。

2012年 10月 3日