歴史を彩った洋楽ナンバー ~キーワードから読み解く歌物語~

第70回 Sara(1979/全米No.7,全英No.37)/ フリートウッド・マック(1967-1995,1997年に再結成)

2013年2月20日
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●歌詞はこちら
//www.lyricsmode.com/lyrics/f/fleetwood_mac/sara.html

曲のエピソード

フリートウッド・マックはイギリスで結成されたバンドだが、過去に何度もメンバー・チェンジをくり返しており、今回、採り上げた「Sara」を自作自演しているスティーヴィ・ニックス(Stevie Nicks/1948-)は、アメリカのアリゾナ州フェニックス生まれ、カリフォルニア州サンフランシスコ育ちである。彼女はオリジナル・メンバーではなく、1974年に、当時の恋人と共にバンドに参加した。フリートウッド・マックのファンの中には、「スティーヴィ・ニックス加入前の方が良かった」と口にする人もいるが、彼女の加入によって、バンドに新風が吹き込まれたことだけは間違いないだろう。

彼らの代表作を1枚挙げろ、と言われたなら、多くの人々は、世界中で4,000万枚(!)を売り上げた通算11枚目のアルバム『RUMORS(邦題:噂)』(1977/全米、全英の両アルバム・チャートでNo.1/グラミー賞最優秀アルバム賞を獲得)を真っ先に挙げることだろう。しかしながら、筆者は個人的に、同アルバムに続く『TUSK(邦題:牙)』(1979/全米アルバム・チャートNo.4,全英No.1)を、その昔、『噂』以上に愛聴した。理由はたったひとつ、「Sara」が収録されているからである。

スティーヴィがこの曲を綴った時、彼女は、当時、離婚したばかりだったフリートウッド・マックの中心人物、ミック・フリートウッドと秘密裏に恋人同士の関係にあったのだが、彼が他の女性――即ちそれがこの曲のタイトルにもなっている“Sara”なる女性なのだが――と恋に落ち、ふたりの関係は終わってしまう。後にフリートウッドとその女性は結婚するも、結局は離婚してしまう。

一説によれば、スティーヴィがこの曲を綴ったきっかけは、アルバム『TUSK』を引っ提げてのツアーを行う直前まで彼女と恋仲にあった、イーグルスのドン・ヘンリーとの関係を解消したことだったと言われているが、筆者には、どうもそのことが後付けのこじつけに思えてならない。理由は、自分の恋人を寝取った女性=Saraが堂々とこの曲のタイトルになっているから。あるいは、もしかしたらD・ヘンリーに向かって何かしらのメッセージを発信するためにこの曲を作った、というのが真相なのかも知れないが、スティーヴィが綴る歌詞はどれも概念的で難解であるため、こればっかりは本人に訊いてみなければ解明できないだろう(そして筆者は、恐らく彼女は多くを語らないと推測する)。

なお、1979年当時、2枚組LPとしてリリースされた『TUSK』では、「Sara」はSIDE ONEのラスト(5曲目)に収録されており、LPヴァージョンの演奏時間は6分以上もあった。一方、シングル・ヴァージョンは、ラジオ局のエア・プレイ用に短く編集され、演奏時間は4分30秒余り。ちなみに、後に『TUSK』がCD化された際には、シングル・ヴァージョンの長さ(短さ?)に変えられてしまった(だから筆者は“1曲でも多くの曲を詰め込むこと至上主義”であるかのようなCDの作りそのものが嫌いである)。

昨年、スティーヴィは、2013年にフリートウッド・マックが大々的なツアーを行うとインタヴューで語った。目下、YAHOO!USや同UKには、チケット売り出し中のサイトが複数出ている(観に行きたい!)。年齢を重ねても、今なお美しいスティーヴィに、ぜひとも“フル・ヴァージョン”で「Sara」をステージで披露してもらいたいものだ。

曲の要旨

ねぇ、もう少し私の側にいてよ。あなたは私を幸せにしてくれるって言ったくせに、私以外の女に激しい恋心を燃やしてるなんてこと、一度も言わなかったじゃないの。人間は、誰だって見境なく恋に落ちることってあるわよね。でも、私たちの関係はもうお終いね。私は自分の理想にピッタリの相手を見つけたと思ってたけど、そう思い込んでいたのは私だけだったみたい。(あなたの新しい恋人の)サラ、あなたは私の詩情を掻き立ててくれる女性だわ。今のままのあなたでいいのよ。あなたは私のことなんか気にせずに、自分の心の赴くままに恋に突き進んで生きてちょうだい。

1979年の主な出来事

アメリカ: スリーマイル島の原子力発電所で大量の放射能漏れ事故が発生。
日本: 携帯用小型カセットテープ・プレイヤーのWALKMANをソニーが発売。
世界: イギリスでマーガレット・サッチャーが同国初の女性首相に任命される。

1979年の主なヒット曲

In The Navy/ヴィレッジ・ピープル
Bright Eyes/アート・ガーファンクル
Love You Inside Out/ビージーズ
Pop Muzik/M
Video Killed The Radio Star/バグルス

Saraのキーワード&フレーズ

(a) drowing in the sea of love
(b) the poet in my heart
(c) don’t you ever stop

高校時代、帰宅すると先ずは自分の部屋に行き、真っ先にステレオのスイッチを入れてラジオを聴いたものだ。もちろん、周波数は常にFEN(現AFN)に合わせてあり、R&B/ソウル・ミュージック以外の番組――The Wolfman Jack Show,Charlie Tuna,Mary Turner など――も好んで聴いていた。とりわけ欠かさず聴いていたのがAmerican Top 40である。同番組のお蔭で、R&B/ソウル・ミュージック以外のジャンルの曲を多く知ることができたし、気に入った曲のタイトルとアーティスト名をその場でメモしてシングル盤を買いに行ったこともあった。この「Sara」は、American Top 40で初めて耳にした瞬間から心を鷲掴みにされ、当初はシングル盤を購入しようと思ったのだが、八戸市内にあった行きつけのレコード屋さんには、残念ながら同曲が収録されている輸入盤LP(しかも2枚組で高かった!)しかなく、仲良しだった女性の店長さん(ジョン・レノンの大ファンで、彼が暗殺された日、たまたま学校の帰りに立ち寄ったところ、「ジョンが死んじゃった……」と泣いていたのを今でもハッキリと記憶している)が、「このLPにその曲が入ってるよ」と薦めてくれたのが、フリートウッド・マックの通算12枚目となるアルバム『TUSK』だったのである。当時、輸入盤LPは日本盤のそれよりも早く入荷したが、日本盤よりも割高で、筆者は一瞬、買うのを迷った。が、どうしても「Sara」を自宅の自分の部屋のステレオで大音量で聴きたかったのである。その衝動を抑え切れず、「Sara」聴きたさに同アルバムを購入した。その夜から、筆者は取り憑かれたように毎日毎晩、同曲を聴いたのだが、当時から不思議だったのは、女性であるスティーヴィ・ニックスが、何故に女性=Saraについて歌っているのか、ということだった。しかも筆者は、曲の雰囲気と、決して音域が広いとは言い難い、やや捨て鉢な彼女の唱法(しかしながら、その実、ところどころの感情移入が実に素晴らしい)に惹かれていたので、その歌声を聴くだけで満足してしまい、当時は歌詞について深く考えることをしなかった。“多分、女友だちで大親友のSaraについて歌ってるんだろうな……”などと、勝手に解釈していた自分を、今になって恥じている。

当時、日本盤シングルはリリースされてたようだが(邦題は、原音からは懸け離れた「セーラ」)、筆者が持っているのは、ピクチャー・スリーヴなしの(欧米のシングル盤はこれが当たり前/ピクチャー・スリーヴ付きの方が珍しい)オリジナルUKシングル盤である。というのも、大学進学のために高校卒業直後に、R&B/ソウル・ミュージック以外のLPを、全て八戸市内の中古レコード屋さんに売っ払ってしまい、その中に『TUSK』も含まれていたからだ。他の曲はともかく、「Sara」のフル・ヴァージョンが収録されていた同アルバムを手放してしまったことを後々まで後悔し、遂にはイギリスのオタク御用達のような中古レコード屋さんから、バカ高い値段(と空輸代)で遂にシングル盤を買ってしまうハメに……。長じて曲の背景を調べていくうちに、歌詞に込められた、当時のスティーヴィの複雑な心境が切なくて、高校時代とは全く違った気持ちで聴くようになった。あたかも詩人のように、概念的かつ繊細に綴られた歌詞に、今さらながらに唸らされてしまう。スティーヴィは他の自作自演の曲でも詩人のような歌詞を綴る人々だなあ、と、昔から思ってきたが、この「Sara」ほど複雑難解な歌詞はまたとないのではないか。

とにかく比喩だらけの歌詞である。例えば、歌詞に登場する“a great dark wing(バカデカい黒い翼)”は、当時、ド派手な真紅のフェラーリを乗り回していたミック・フリートウッドのことを暗喩していると言われているし、実はタイトルの「Sara」は、当時、スティーヴィが身ごもっていて、もしその子供が無事に生まれていたなら(しかし、彼女は何かしらの理由でその子供を産まなかった)、女の子だった場合に付けようと思っていた名前ではないのか……云々。しかし、筆者は、曲のエピソードでも述べたように、それは第三者による勝手な憶測に過ぎないと考える。実際、フリートウッドがスティーヴィを捨てて新たに愛した女性の名前が“Sara Recor(そして彼女はスティーヴィの友人だった)”であることがはっきりしている以上、これは“親友に恋人を寝取られた女性の歌”と考えるのが妥当であろう。しかもスティーヴィは、彼女に対して恨み節などひとつも言っていない。そこがまた、この曲の魅力のひとつでもある。

洋楽ナンバーを訳していると、“My love is deeper than the ocean 私の(僕の)愛は海より深い)”という言い回しにしばしば出くわす。もちろん比喩である。(a)もその言い回しと感覚的に似ており、直訳すれば「愛の海に溺れている」であるが、現実的にそんなことはあり得ないし、だいたい、この世に“The Sea of Love”なる名前の海は存在しない。となれば、これを比喩と捉えるのが自然である。意訳するなら「(誰かを)愛し過ぎて、周りが見えなくなってしまっている」、「恋に身を焦がして自分でもどうすることもできない」といったところか。そこに続くフレーズが「人間は誰だって恋に溺れるものなのよ」であるから、ここは恐らく、スティーヴィが自分を捨てて他の女に走ったフリートウッドに向かって言っている言葉だと思う。しかも、人生論を繰り広げるかのように、相手を諭しているのだ。ああ、何と寛大な女性なんだろう、スティーヴィは!

歌詞の内容をロクに理解もせずに聴いていた高校時代、筆者の心に最も印象深く残ったフレーズが(b)だった。これは、聴きようによっては、スティーヴィがサラに向かって言ってる言葉にも思えるし、あるいは元カレのフリートウッドが新しい恋人のサラに向かって言っているそれにも思える(筆者は前者が正しい解釈だと思うが……)。訳詞の真似事をしていた高校時代の筆者は、最初、ここを「あなたは私の心の中の詩人よ」と直訳してしまい、意味がチンプンカンプンだった。が、今にして思えば、親友のサラが自分の恋人を奪ったことでこの曲が出来上がったわけだから、思い切った意訳をすれば、「あなたが私の恋人を奪ったお蔭で、私はこの曲を作ることができたのよ」となるだろうか。(b)が登場するフレーズを勝手に以下のように書き換えてみた。

♪Sara, thank you for motivating me to write this particular song.

今から約30年近くも前の話になるが、小中時代の同級生の男子(今はすっかりオジさんですね/苦笑)のひとりが、横浜国大に進学し、同じ横浜市内でわりと近くに住んでいた。たまに一緒に中古レコード漁りに出掛けていたのだが、その頃、「オレ、この歌詞の意味がよく解んないんだけど……」と言いつつ、ある洋楽アーティストのLPの歌詞カードを指さして、筆者に「意味を教えてくれ」と言った。アーティスト名も曲名もとっくに忘却の彼方だが、そのフレーズだけは今でも鮮明に記憶している。そのフレーズとは――

♪Baby, don’t you cry

彼曰く「“泣くな”っていうなら普通は“Don’t cry.”だろ? どうして“don’t”と“cry”の間に“you”が入ってるのか、俺にはサッパリ解らない。これって正式な英語なのか?」と。正式とは言えないが、口語的言い回しであると説明した憶えがある。例えば、次のような言い方が可能だ。

♪Don’t you go anywhere.(どこへも行かないで)
♪Don’t you ever make a fool of me.(俺をバカにするような真似は絶対にするな)

もちろん、“you”がなくても同じ意味である。(c)も“Don’t ever stop”でも同義だが、恐らく“you”をそこに挿入しないと、メロディに乗っからなかったのだろう。“Never stop.”ではそこのメロディには短過ぎるし……。(c)は、曲の主人公の女性が、恋人を盗られた女性=Saraに向かって言ってる言葉だから、スティーヴィの気持ちを汲んで意訳するなら、筆者には「私に遠慮することなんてないのよ」と聞こえる。

様々な意見はあるだろうが、スティーヴィは決して美声ではない。そして、話す際の声も歌う時のそれとほとんど同じである。しかしながら、筆者が苦手とする「私はこんなにも歌が上手いのよぉぉおおおお!!!」的な、押し付けがましいガナり声の女性シンガーに較べると、スティーヴィのそれは、いつまで聴いていても飽きないヴォーカルである。否、聴けば聴くほどに味わいが増すと言ってもいいだろう。現在、64歳の彼女の声も、恐らく昔と変わっていないはず。そのことを確かめるためにも、ぜひとも今回のツアー先に日本も選んで欲しいものだ。そしてもしも可能ならば、彼女にインタヴューして、「Sara」に当時の彼女が込めた思いの深層を訊ねてみたい。

筆者プロフィール

泉山 真奈美 ( いずみやま・まなみ)

1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「リリック英文法」)の講師を務める。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。近作はマーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツ。

編集部から

ポピュラー・ミュージック史に残る名曲や、特に日本で人気の高い洋楽ナンバーを毎回1曲ずつ採り上げ、時代背景を探る意味でその曲がヒットした年の主な出来事、その曲以外のヒット曲もあわせて紹介します。アーティスト名は原則的に音楽業界で流通している表記を採りました。煩雑さを避けるためもあって、「ザ・~」も割愛しました。アーティスト名の直後にあるカッコ内には、生没年や活動期間などを示しました。全米もしくは全英チャートでの最高順位、その曲がヒットした年(レコーディングされた年と異なることがあります)も添えました。

曲の誕生には様々なエピソードが潜んでいるものです。それを細かく拾い上げてみました。また、歌詞の要旨もその都度まとめましたので、ご参考になさって下さい。