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絵巻で見る 平安時代の暮らし 第40回 『年中行事絵巻』巻六「御斎会内論義」を読み解く

2015年 8月 15日 土曜日 筆者: 倉田 実

第40回 『年中行事絵巻』巻六「御斎会内論義」を読み解く

場面:御斎会最終日の内論義(うちろんぎ)で加持香水(かじこうずい)をするところ
場所:内裏清涼殿東面と東庭
時節:1月14日の夜

(画像はクリックで拡大)

人物:[ア]僧綱(そうごう) [イ]僧正(そうじょう)・僧都(そうず) [ウ]律師(りっし) [エ]凡僧(ぼんそう) [オ]威儀師(いぎし) [カ]公卿 [キ]公卿(参議) [ク]出居(いでい)

建物:①清涼殿 ②外御簾 ③・⑦下長押 ④東孫廂 ⑤昆明池障子(こんめいちのしょうじ)⑥屏風 ⑧簀子 ⑨高欄 ⑩階(きざはし) ⑪御溝水(みかわみず) ⑫東庭 ⑬河竹(かわたけ) ⑭呉竹(くれたけ) ⑮長橋(ながはし) ⑯落板敷(おちいたじき) ⑰南廊(なんろう) ⑱馬繋廊(うまつなぎろう) ⑲紫宸殿西北廊 ⑳右青璅門(みぎせいさもん) 上戸(かみのと) 殿上の間(てんじょうのま) 年中行事障子 檜皮葺(ひわだぶき) 棟瓦(むねがわら) 灯台 草墪(そうとん) 兀子(ごっし) 小筵(こむしろ) 机 油単(ゆたん) 畳 長床子(ながしょうじ)

衣装:Ⓐ僧綱襟 Ⓑ袈裟 Ⓒ僧裳(そうも) Ⓓ下襲(したがさね) Ⓔ石帯 Ⓕ剣

絵巻の場面 前回に続いて『年中行事絵巻』の御斎会竟日に行われた内論義の場面を見ることにします。内論義とは、内裏における仏教の論義(論議とも)のことです。御斎会に参集した諸宗の学僧の中から、問者(もんじゃ)と、答者の講師(こうじ)を選び、『金光明最勝王経(こんこうみょうさいしょうおうきょう)』の経文の論義を行って、天皇が傍聴した儀式です。論義には先立って、加持香水が行われました。これは、諸種の香を混ぜた香水を壇場や自身に注いで清浄にすることで、場面はそれを行うところになります。場所は、御斎会が大極殿でしたが、内論義は清涼殿です。なお、『年中行事絵巻』では御斎会が巻七になり、内論義は巻六になっています。これは錯簡で、内論義も巻七に入るのが本来でしょう。

清涼殿の構造 最初に①清涼殿について見ておきましょう。正面の②外御簾が下されている奥が東廂です。ここで天皇は御簾越しに論義を聞きます。御簾は互いに接していますので、この奥は一枚格子になりますね(第17回参照)。ただし、今は室内に上げられています。御簾の手前の③下長押分下がった所が、吹き放しとなる④東孫廂です。この北側(右側)には、⑤昆明池障子と呼ぶ衝立が常置されます。その左の⑥屏風は、この日のためのものです。東孫廂の手前は、やはり⑦下長押分下がる⑧簀子になり、⑨高欄が付いています。

 簀子からは三級の⑩階が地面に二か所下され、雨水などを流す⑪御溝水をまたいで⑫東庭に続きます。ここも儀式の場で、⑬河竹・⑭呉竹が植えられた台があります。

 河竹の左側は⑮長橋と呼ぶ渡り廊下で紫宸殿につながっています。長橋の画面上部にあたるところは、④東孫廂より二段分下がっていますので⑯落板敷と呼びます。その左側は⑰南廊、その手前は土間になる土廊で、⑱馬繋廊と呼びます。⑲紫宸殿西北廊になります。南廊の西側(画面上部)は⑳右青璅門になっています。

 落板敷の上部の妻戸(上戸)が開いた奥が南廂で、ここが殿上の間になります。殿上の間に上がれる人を殿上人と言うのでしたね。上戸の前には年中行事障子(年中行事名を月ごとに書いた衝立)が置かれますが、この日は南廊に移動されています。

 清涼殿の屋根は、入母屋式の檜皮葺で、棟瓦が載せられています。⑲紫宸殿西北廊の屋根も、棟瓦のある檜皮葺です。

内論義の室礼 続いて内論義のための室礼を確認しましょう。灯台が三つ描かれていて、この儀式は夜であることを示しています。東孫廂の中央あたりに見えるのが、草墪と兀子(共に腰掛)で、右側が講師用です。立っている僧の前には、小筵の上にわずかに机が見えます。画面には見えませんが、ここに香水を入れた埦(わん)と、その上に散杖(さんじょう)と呼ぶ香水を散らす杖状のものが置かれました。机の手前の灯台は油単(油汚れを防ぐ敷物)に置かれています。また、東孫廂に坐る貴族用に畳が敷かれています。僧侶たちは兀子などに坐っていますが、このことは次で触れましょう。

僧侶たち それでは僧侶たちを見ていきます。立っているのが真言宗の[ア]僧綱(僧尼・諸寺を管理する官職にある僧。僧正・僧都・律師など)で、加持香水を行います。⑥屏風の前に坐るのも僧綱の[イ]僧正・僧都で、画面では分かりませんが兀子に坐っています。東孫廂に西向きに坐るのが[ウ]律師で、これも兀子に坐ります。その後ろの⑧簀子は講師役などの[エ]凡僧(僧綱に次ぐ僧)で、右端の僧のもとに長床子(机に似た長椅子)の端が見えます。

画面左の⑮長橋に坐るのは[オ]威儀師(威儀を整える僧)で、ここだけ兀子に坐っていることが分かります。

 僧侶も身分社会であり、坐る物や場所が僧位・僧官によって別れるのです。僧侶たちは皆、襟を立てたⒶ僧綱襟をしています。また、Ⓑ袈裟とⒸ僧裳が見えますね。

貴族たち 貴族社会も身分社会ですので、坐る場所もそれに応じています。西向きに坐るのは[カ]公卿、北向きは[キ]参議(宰相とも)です。⑰南廊にいるのは世話役で、その役の人を[ク]出居と呼びます。

 これらの貴族たちは衣冠束帯の正装で、Ⓓ下襲やⒺ石帯を着け、Ⓕ帯剣しています。しかし、正月とはいえ寒いので、皆肩をすぼめ、[キ]鼻をかんだり、[カ]指先に息を吹きかけたりしている人もいます。儀式・行事の進行をただ描くだけでなく、こうした人間味あふれる様子を点描するところに『年中行事絵巻』の面白さがあったのでした。貴族たちに比べると僧侶たちは、寒そうな気配を見せていないようです。しっかりと修行しているからでしょう。

 その他の東庭や馬繋廊にいる人は、下級の役人たちです。これらの役人のことは、記録類などには示されていませんので、どの役所に所属するのかはよく分かりません。しかし、武官でないことは確かです。行事の進行に一役買っているのでしょう。宮中の儀式・行事はこうした下級役人たちによって支えられているのです。

京都御所の清涼殿 清涼殿を舞台にした絵巻を読み解いてみました。現在の京都御所の清涼殿は、江戸時代末の安政二年(1855)の再建ですが、こうした絵図が参照されて平安時代の姿を再現しています。是非、実際に参観して、往時を偲んでみてください。その際に、こうした絵巻を覚えておくと、感動もひとしおと思われます。

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◆この連載のほかの回をお読みになる方は⇒「絵巻で見る 平安時代の暮らし」目次へ

【筆者プロフィール】

『全訳読解古語辞典』■文:倉田実(くらた・みのる)
大妻女子大学文学部教授。博士(文学)。専門は『源氏物語』をはじめとする平安文学。文学のみならず邸宅、婚姻、養子女など、平安時代の歴史的・文化的背景から文学表現を読み解いている。『三省堂 全訳読解古語辞典』『三省堂 詳説古語辞典』編集委員。ほかに『狭衣の恋』(翰林書房)、『王朝摂関期の養女たち』(翰林書房、紫式部学術賞受賞)、『王朝文学と建築・庭園 平安文学と隣接諸学1』(編著、竹林舎)、『王朝人の婚姻と信仰』(編著、森話社)、『王朝文学文化歴史大事典』(共編著、笠間書院)など、平安文学にかかわる編著書多数。

■画:高橋夕香(たかはし・ゆうか)
茨城県出身。武蔵野美術大学造形学部日本画学科卒。個展を中心に活動し、国内外でコンペティション入賞。近年では『三省堂国語辞典』の挿絵も手がける。
※本連載の文・挿絵の無断転載は禁じられております

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【編集部から】
三省堂 全訳読解古語辞典』『三省堂 詳説古語辞典』編集委員の倉田実先生が、著名な絵巻の一場面・一部を取り上げながら、その背景や、絵に込められた意味について絵解き式でご解説くださる本連載。前回から、絵巻を通して平安京の大内裏や内裏で行われた儀式・行事を見ていく新シリーズが始まりました。ご一緒に、平安京の中を探検するように絵巻を見て参りましょう。次回もどうぞお楽しみに。

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◆紙面例:おんやうじ(クリックで拡大)

【『三省堂 全訳読解古語辞典』について】
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2015年 8月 15日