三省堂辞書の歩み

第46回 漢字林

筆者:
2015年12月18日

漢字林

昭和11年(1936)11月25日刊行
テオドール・ゲッペルト編/本文283頁/A6判(縦153mm)

【漢字林】初版(昭和11年)

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【本文1ページめ】

本書は、日本語を学ぶ外国人のための漢字辞典である。表紙や扉・内題には「A Handbook for the Systematical study of Chinese-Japanese Characters」と記されている。編者名が「T. Geppert」となっているせいか、奥付には「テー・ゲッペルト」と載った。扉には、協力者として「P. Herzog and G. Voss」が挙がっている。また、土橋八千太(上智大学教授)の助力もあったと序文で述べられている。

編者はドイツ出身のイエズス会神父であり、上智大学教授だった。最初の来日が1935年というから、本書出版の前年である。1937年にいったん帰国し、1940年に再来日。1954~61年は西江大学設立のため韓国に滞在したが、再び上智大学へ戻り、2002年に練馬区上石神井のイエズス会ロヨラハウスで天に召された(享年98)。

本書は漢和辞典と同じ形式をとり、親字の字義と熟語の意味が英語で書かれている。しかし、部首順の配列ではない。基本的には画数順にしているものの、独自に9種のストローク(一・丨・ノ・乙など)で分け、さらに同じ部分をもつ漢字を続けて載せた。

例えば、1画では、「一」の後は「閂・辷」、さらに関連性が強い「壹」を載せる。次の「乙」の後には、「軋・札」。2画では、「二・貳」、「十・什・汁・叶・計・針・辻」といったぐあいである。

また、「木」は4画だが、その後には「床・李」しかない。「林」は8画にあり、「淋・焚・森」が続く。ところが、「禁」は13画にあり、「噤・襟」が続く。共通する部分を多く持っている漢字を優先し、ひとくくりにしたわけである。

「犬」は4画にあり、「太・汰・駄」+「大」、「犬・吠・突」の順。「猫」は9画にあり、「苗・描・猫・錨」の順で載せている(草冠は「十十」で4画)。

親字は、音をボールド体で太く示し、訓はイタリック体で載せた。熟語の読み方はすべてイタリック体になっている。

親字として載せた漢字は3064字。それ以外に参考として掲載したものもある。例えば、「青」の後は「晴・清・精・請・情・錆・猜」が親字になっていて、「菁・靖・蜻・鯖」は「青」の欄に列挙してある。「睛」がないのは、日常的に使われているものではないからなのか。

巻末には、「LIST OF PHONETIC ELEMENTS」という音を表す旁の部分の索引が6頁と、総画索引が22頁ある。

定価は7円なので、同社の大型辞典よりも高かった。昭和25年にはエンデルレ書店から刊行され、21頁の音引き索引が加わった。

《余談》筆者の手元には、内部用に製本された初版の『漢字林』がある。奥付に印紙が貼られていないことからも、非売品だったことは明らかだ。栞ひもが2本付いているのは違例だし、6頁以降には何も印刷されていない同質の紙が1枚ずつ入って、本の厚みは2倍。それでも装丁は正規本と同様である。挟み込まれた紙には、補足のための親字や熟語などが英訳とともにペンで書かれている。誰が書いたものかは不明だが、三省堂の関係者だったことは確かだろう。

●最終項目

●「猫」の項目

●「犬」の項目

筆者プロフィール

境田 稔信 ( さかいだ・としのぶ)

1959年千葉県生まれ。辞書研究家、フリー校正者、日本エディタースクール講師。
共著・共編に『明治期国語辞書大系』(大空社、1997~)、『タイポグラフィの基礎』(誠文堂新光社、2010)がある。

編集部から

2011年11月、三省堂創業130周年を記念し三省堂書店神保町本店にて開催した「三省堂 近代辞書の歴史展」では、たくさんの方からご来場いただきましたこと、企画に関わった側としてお礼申し上げます。期間限定、東京のみの開催でしたので、いらっしゃることができなかった方も多かったのではと思います。また、ご紹介できなかったものもございます。
そこで、このたび、三省堂の辞書の歩みをウェブ上でご覧いただく連載を始めることとしました。
ご執筆は、この方しかいません。
境田稔信さんから、毎月1冊(または1セット)ずつご紹介いただきます。
現在、実物を確認することが難しい資料のため、本文から、最終項目と「猫」「犬」の項目(これらの項目がないものの場合は、適宜別の項目)を引用していただくとともに、ウェブ上で本文を見ることができるものには、できるだけリンクを示すこととしました。辞書の世界をぜひお楽しみください。
毎月第2または第3水曜日の公開を予定しております。