人名用漢字の新字旧字

第109回 「梅」と「梅」と「楳」

筆者:
2016年4月7日

昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表を文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準をしめしたもので、「梅」を含む2528字が収録されていました。昭和21年11月5日、国語審議会が答申した当用漢字表にも、やはり「梅」が収録されていました。翌週11月16日に当用漢字表は内閣告示され、「梅」は当用漢字になりました。

昭和23年1月1日に戸籍法が改正され、子供の名づけに使える漢字が、この時点での当用漢字表1850字に制限されました。当用漢字表には「梅」が収録されていたので、「梅」は子供の名づけに使ってよい漢字になりました。「梅」や「楳」は子供の名づけに使えなくなりました。

昭和23年6月1日、国語審議会は当用漢字字体表を答申しました。当用漢字字体表は、活字字体の標準となる形を手書きで示したものでしたが、「梅」は楷書体に近づける方向で新字体に変更されていました。昭和24年4月28日に当用漢字字体表が内閣告示された結果、「梅」が当用漢字となり、「梅」は当用漢字ではなくなってしまいました。当用漢字表にある「梅」と、当用漢字字体表にある「梅」と、どちらが子供の名づけに使えるのかが問題になりましたが、この問題に対し法務府民事局は、「梅」も「梅」もどちらも子供の名づけに使ってよい、と回答しました(昭和24年6月29日)。つまり、この時点で、「梅」も「梅」も、どちらも出生届に書いてOKとなったのです。ただし「楳」は、子供の名づけには使えないままでした。

昭和56年3月23日、国語審議会が答申した常用漢字表では、「梅(梅)」となっていました。これに対し、民事行政審議会は、常用漢字表のカッコ書きの旧字を子供の名づけに認めるかどうか、審議を続けていました。昭和56年4月22日の総会で、民事行政審議会は妥協案を選択します。常用漢字表のカッコ書きの旧字355組357字のうち、当用漢字表に収録されていた旧字195字だけを子供の名づけに認める、という妥協案です。昭和56年10月1日に常用漢字表は内閣告示され、「梅」は常用漢字になりました。「梅」は人名用漢字になりました。

平成16年3月26日に法制審議会のもとで発足した人名用漢字部会は、当時最新の漢字コード規格JIS X 0213(平成16年2月20日改正版)、文化庁が表外漢字字体表のためにおこなった漢字出現頻度数調査(平成12年3月)、全国の出生届窓口で平成2年以降に不受理とされた漢字、の3つをもとに審議をおこないました。「楳」は、JIS第1水準漢字だったものの、漢字出現頻度数の結果が16回で、全国50法務局のうち出生届を拒否された管区は1つだけだったので、人名用漢字の追加候補になりませんでした。

その一方で法務省は、平成23年12月26日に入国管理局正字13287字を告示しました。入国管理局正字は、日本に住む外国人が住民票や在留カード等の氏名に使える漢字で、JIS第1~4水準漢字を全て含んでいました。この結果、日本で生まれた外国人の子供の出生届には、「梅」と「梅」に加え、「楳」が書けるようになりました。でも、日本人の子供の出生届には、「梅」と「梅」はOKですが、「楳」はダメなのです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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