人名用漢字の新字旧字

第123回 「灿」と「燦」

筆者:
2016年12月22日
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昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表2528字を、文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、火部に旧字の「燦」を収録していましたが、新字の「灿」は収録されていませんでした。昭和17年12月4日、文部省は標準漢字表を発表しましたが、そこでも旧字の「燦」だけが含まれていて、新字の「灿」は含まれていませんでした。

昭和21年11月5日、国語審議会は当用漢字表1850字を、文部大臣に答申しました。この当用漢字表で、国語審議会は、旧字の「燦」を削除してしまいました。「燦燦」以外の用例が少なく、当用漢字表には不要だと判断されたのです。当用漢字表は、翌週11月16日に内閣告示されましたが、やはり「燦」も「灿」も収録されていませんでした。そして、昭和23年1月1日に戸籍法が改正された結果、「燦」も「灿」も子供の名づけに使えなくなってしまったのです。

平成元年2月13日に発足した民事行政審議会では、人名用漢字の追加が議論されました。法務省民事局が全国の市区町村を対象におこなった調査(昭和63年5月)で、200以上の漢字が人名用漢字の追加候補として挙がっており、その中に旧字の「燦」も含まれていました。調査における「燦」の出現順位は、79位でした。昭和61年に美空ひばりが『愛燦燦』という唄を売り出し、「燦」を名に含む出生届が、日本のどこかで不受理になっていたのです。人名用漢字にどの漢字を追加すべきか決めるために、審議会委員28人は2回の投票(複数の漢字に投票可)をおこないました。「燦」は1回目の投票で7票、2回目の投票で6票を集めました。

民事行政審議会は平成2年1月16日、新たに人名用漢字に追加すべき漢字として、「燦」を含む118字を法務大臣に答申しました。平成2年3月1日、戸籍法施行規則が改正され、これら118字は全て人名用漢字に追加されました。この戸籍法施行規則は、平成2年4月1日に施行され、旧字の「燦」が子供の名づけに使えるようになりました。

平成23年12月26日、法務省は入国管理局正字13287字を告示しました。入国管理局正字は、日本に住む外国人が住民票や在留カード等の氏名に使える漢字で、旧字の「燦」を含んでいました。しかし、入国管理局正字にも、新字の「灿」は含まれておらず、旧字の「燦」への書き換えが強制されました。この結果、日本で生まれた子供の出生届には、日本人であっても外国人であっても、旧字の「燦」だけがOKで、新字の「灿」はダメなのです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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