タイプライターに魅せられた男たち・補遺

広告の中のタイプライター(20):Munson No.1

筆者:
2017年11月23日
『National Stenographer』1892年3月号

『National Stenographer』1892年3月号

「Munson No.1」は、シカゴのサイフリード(Samuel John Seifried)とマンソン(Frederick Woodbury Munson)が、1890年に発売したタイプライターです。上の広告にもあるとおり、発売時点での「Munson No.1」は、単に「The “Munson” Type Writer」と呼ばれていましたが、後に「Munson No.2」や「Munson No.3」が発売されたことから、このモデルは「Munson No.1」と呼ばれるようになりました。

「Munson No.1」の特徴は、タイプ・スリーブ(type sleeve)と呼ばれる金属製の活字円筒にあります。タイプ・スリーブには、90個(5+5個×9列)の活字が埋め込まれていて、30個の各キーに活字が3個ずつ対応しています。タイプ・スリーブと紙の間には、インクリボンと金属製スリットがあります。上段の各キーを押すと、タイプ・スリーブが左右に移動して、スリットの穴の位置に、押されたキーに対応する活字が来ます。その瞬間に、紙の背後からハンマーが打ち込まれ、紙の前面に印字がおこなわれるのです。中段のキーの場合は、左右移動に加えて、タイプ・スリーブが上に40度回転することで、穴の位置に対応する活字が来ます。下段のキーの場合は、左右移動に加えて、タイプ・スリーブが下に40度回転することで、穴の位置に対応する活字が来ます。さらに、「CAP.」(大文字)キーと「FIG.」(記号および数字)キーが、タイプ・スリーブをそれぞれ上下に120度回転することで、90個の活字を打ち分けられるようになっているのです。

「Munson No.1」のキーボードは、いわゆるQWERTY配列に近いものの、30個のキーが独特の並びになっています。上段のキーは、小文字側にwertyuiop?が、大文字側にWERTYUIOP?が、数字側に1234567890が並んでいます。中段のキーは、小文字側にasdfghjklが、大文字側にASDFGHJKLが、記号側に$⅛¼½£’_/()が並んでいます。下段のキーは、小文字側にqzxcvbnm,.が、大文字側にQZXCVBNM,.が、記号側に%¢@#*&”:!;が並んでいます。さらに、上段の左端に「FIG.」キーが、中段の左端に「CAP.」キーが配置されています。

「Munson No.1」は、印字位置をプラテンの前面におくことで、打った文字がオペレータに即座に見えることを目指していました。ただし、タイプ・スリーブやスリットがあるために、打った直後の文字は、オペレータが覗き込んでも見えにくく、何文字か打った後で見えてくるというのが現実でした。また、ハンマーを背後から打ち込む、という機構だったために、印字の濃さが紙の厚みに左右される、という問題もあったようです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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