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フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 第8回 フィールドでの生活

2018年 5月 18日 金曜日 筆者: 古本 真

フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 第8回 フィールドでの生活

 現在[注1]、調査のためザンジバルに滞在中です。今回は、フィールドでの生活がどんなものであるかを知ってもらうために、村でのある1日の生活を紹介したいと思います。

6:00 a.m.:起床
モスクから響くアザーン(お祈りの時間を知らせる合図)、夜明けを告げる鶏の鳴き声、起き出してきた家の人たちの物音で目を覚ます。ザンジバルの朝は早い。この時間は、メールのチェック、書きかけの論文の修正、朝の調査の準備(あらかじめ用意してきた質問事項の見直し)を行う。

8:30 a.m.:チャイ①(朝ごはん)
家のお母さんが用意してくれた朝ごはんを食べる。この日のメニューは、ふかしたサツマイモ、トマトの炒めもの、それとあまり香りがしないけど砂糖のたくさん入った紅茶。血糖値が急に上がって眠気に襲われる。ちなみに「チャイ (chai)」 は、お茶だけでなく軽食も指す。

9:30 a.m.:調査①
いつものおじさんのところに調査に行く。このおじさんには、ずっと前から調査に協力してもらっている。昨日のうちに電話でアポをとっておいた。調査では、用意してきた例文が自然であるかを確認したり、文や語の発音をしてもらう。調査時間は大体いつも90分。これくらいがお互いの体力と集中力の限界。

0:00 p.m.:調査のまとめ
子供たちから「写真撮って」攻撃にあったり、道中出会った大人たちに挨拶をしながら帰宅。家に着くと、パソコンを開き音声データを保存して、この日の調査で確認した文、調査の最中に新たにでてきた語や表現を記録する。こうした作業は、できるだけ早くやっておいたほうがいい。確認し忘れたことがあれば、次の日の調査で聞くことができるし、ノートの半端なメモからでも何を聞いたかすぐに思い出せる。日本に帰ってからまとめてやろうと思っても、何を聞いたかなかなか思い出すことはできない。人間は忘れる生き物である。なにより汚いメモをみるなんて、めんどくさくてあとになったら絶対やらない。

1:00 p.m.:チャイ②
調査のまとめをしてるときに、近所のおばさんから牛乳を売りつけられる(1.5リットルで約100円)。その牛乳に砂糖をいれて沸かしてもらい、朝と同じサツマイモとトマトの炒め物でチャイ(軽食)をとる。日本の昼食にあたる時間帯に、簡単な食事をとることが多い。

1:30 p.m.:昼寝
作業がひと段落したところで昼寝。

3:00 p.m.:床屋に行く
家の子供の自転車に乗せてもらって、床屋に行く。昨日村に着いてから、家のお母さんや隣の家のおばさんからしきりに「いつ髪を切りに行くの」と聞かれる。ここでは、男の長い髪は好まれないらしい。水浴びをするにも短い方が都合がいい。髪型はいつも通り、ジェラード(イングランドのサッカー選手)風。最初にこの床屋に来た時は、壁に貼られたスポーツ選手の写真の中からモデルとしてジェラードを選んだ。こんな写真は、ザンジバルのどこの床屋にも貼られている。ちなみにスワヒリ語で髪の多寡は、「長い」「短い」ではなく、「大きい」「小さい」という形容詞で表される。


ザンジバルの田舎の床屋

4:00 p.m.:知り合いに挨拶
床屋の近くに住む知り合いのところに行って、村に来たことを伝える。

5:00 p.m.:食事
家に帰って食事をとる。今日のメニューは、ダガー(小魚)のスープと白飯。白飯からはココナツの香りがする。米は、ココナツの削りカスを濾(こ) して絞りだされた水と塩をいれて炊かれる。1日のメインの食事は、午後2時から4時くらいにとることが多い。この日は出かけていたためちょっと遅め。

8:00 p.m.:調査②
隣の家に住むおばさん(家のお父さんのお姉さん)と発音の調査。ただひたすら用意してきた文を発音してもらう。退屈な調査だからか、おばさんは時折うつらうつらして、発音が曖昧になることもしばしば。時間も遅いので、1時間ほどで調査を切り上げる。この日は、近くの井戸掘りをみんなで見物していて調査を始めるのが遅れた。明日はもう少し早く始められるだろうか。

9:00 p.m.:チャイ③
寝る前にその日の最後の食事をとる。この日は昼の残りのダガーのスープとパンと紅茶。

10:00 p.m.:就寝

コラム5:1時は7時?

スワヒリ語で時間は1から12までの数字とsaa「時」という語を組み合わせて表されます。ただし、私たちが言いたい時間は、数字とこのsaaを組み合わせるだけでは言えません。例えば、1はmojaと言いますが、ザンジバルの人とsaa moja(時を表す語と数字の順番は日本語と逆です)に待ち合わせをしても、おそらく1時にその人には会うことはできないでしょう。これは、スワヒリ語で表される時間と、私たちが使う時間表現との間には、6時間の差があるためです。スワヒリ語で、saa mojaと言った場合、それは朝か晩の7時を指します。このような時間表現が使われている正確な理由は不明ですが、朝と晩の7時に最初の数字1が、6時に最後の数字12が割り当てられていることから、1日を太陽が出ている時間(昼間)と、沈んでいる時間(夜間)に分けていることがみてとれます。

* * *

[注]

  1. この記事の執筆時(2017年10月頃)

◆この連載の目次は⇒「フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 」目次へ

【筆者プロフィール】

■古本真(ふるもと・まこと)

1986年生まれ、静岡県出身。大阪大学・日本学術振興会特別研究員PD。専門はフィールド言語学。2012年からタンザニアのザンジバル・ウングジャ島でのフィールドワークを始め、スワヒリ語の地域変種(方言)について調査・研究を行っている。
最近嬉しかったことは、自分の写真がフィールドのママのWhatsApp(ショートメッセージのアプリ)のプロフィールになっていたこと。

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【編集部から】

今回はフィールド調査中の古本さんの生活を紹介していただきました。メールをチェックしたり、調査結果をまとめたり、一見、日本での研究生活と大きくは変わらないようです。しかし、近所の人に到着の挨拶をしたり、子供たちの「写真撮って」攻撃にあったり、日本での生活よりも人に会ったり話したりする機会が多いみたいですね。来月は連載をお休みし、次回は7月の第3金曜日に公開します。どうぞお楽しみに。

フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 第7回 フィールドの人たちと仲良くなろう

2018年 4月 20日 金曜日 筆者: 古本 真

フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 第7回 フィールドの人たちと仲良くなろう

 フィールドワーク中は、その言語を教えてくれる人だけでなく、滞在先の家の人、近所に暮らす人と多くの時間を過ごすことになります。彼らと良好な関係を築くことができれば、フィールドワークはとても楽しいものになります。今回は、私がフィールドの人たちに信頼してもらうため、あるいは彼らと仲良くなるためにどんなことをしているかをお話します。あらかじめ断っておきますが、特別なこと、難しいことなど何もしていません。みなさんも、自分だったらどうするか想像しながら読んでみてください。

調査のとき

 言語調査でインフォーマントとなる人(調査に協力してくれる話者)は、普段の生活で聞かれることもないようなことを聞かれたり、やることもないようなことをやらされたりします。例えば、みなさんも「虫を殺したけど死ななかった」という文が自然であるか考えたり[注1]、「彼が明日来る」という文を何回も繰り返し発音するということは、したことがないでしょう。なぜこんな奇妙なことをするのかと、インフォーマントが疑問に思うこともしばしばあります。そんなときは、できるだけわかりやすく、調査の目的や理由を説明しなければなりません。私は「街のスワヒリ語とここの方言は発音が違うから比べてみたいんだけど、そのためには何回も発音してもらわなければならないんだよね」なんて言ったりしています。

 こんなことをひたすらやり続ける言語調査というのは、インフォーマントにとって(そして研究者にとっても)、とても退屈でつらいものです。インフォーマントは調査の途中で必ずといっていいほどウトウトします。あまりに調査が退屈だと、インフォーマントは不自然なはずの例文を自然だといったり、普段通り発音してくれなかったりするかもしれません。それどころか、明日以降の調査に協力してくれなくなるかもしれません。私は調査を苦行としないために、調査を長時間行わないようにしたり(大体2時間以内)、途中で休憩をはさんで水を飲んだりしてもらっています。こちらが用意した質問だけでなく、調査の途中ででてきた方言特有の語や表現を説明してもらったり、インフォーマントが調査中に思いついた物語を語ってもらうのもいいでしょう。こんな風にして得られたデータのなかに予想もしなかった表現や語が隠れているかもしれません。


調査中の著者とインフォーマント

 調査の際、インフォーマントに確認しなければならないことが2つあります。1つは録音、録画の許可。言語調査では、調べたことをノートにメモするだけでなく、その様子を録音、録画することがよくありますが、レコーダーのスイッチをいれる前には、必ず録音や録画の許可をとらなくてはいけません。いきなり無断でレコーダーやビデオのスイッチがいれられたら、誰だって不快な気持ちになります。調査の途中で、電話がかかってきたり、他の人が何か用事で訪ねて来たときは、レコーダーを止めるという配慮も必要となります。もう1つ確認すべきことは、データ公開の許可。調査で得られたデータ(例文、音声、写真、動画)は、学会や論文で公開することになりますが、その公開の可否についても許可を得なければなりません。論文の謝辞(お世話になった人への感謝の言葉)にインフォーマントの名前を書いていいかも尋ねるべきでしょう。調査によって得られた成果は、あなた一人のものではなくて、データを提供してくれたインフォーマントのものでもあることを忘れてはいけません。

謝礼とおみやげ

 私がザンジバルで調査をする際は、インフォーマントに謝礼としてお金を渡しています。謝礼については、調査地の物価や文化・風習を考慮して、渡すべきか[注2]、渡すとすればいくら位が適当か、渡す方法はどうすればいいか、ということを考えなければなりません。私は、1, 2時間程度の調査の最後に、コカ・コーラが数本買える程度の額[注3]のお札を小さく折りたたんで、他の人に見えないようにこっそりと手渡しています。この額や渡し方は、私を村に連れて行ってくれた古文書館のスタッフに教えてもらったものです。

 フィールドには、謝礼(お金)だけでなくおみやげも持って行きます。定番は、キャンディやビスケットのようなお菓子。フィールドで撮った写真[注4]や私がいつも使っている牛乳石鹸や綿棒、バスタオルなんかも喜ばれます。街にいったん戻るときは、村では手に入りにくい大きな玉ねぎやトマトなんかを持っていくこともあります。普段の生活をよく観察して、どんなものがフィールドの人たちに喜ばれるか調べておくといいでしょう。ちなみに、日本的なおみやげは、必ずしも歓迎されるわけではないということも覚えておいてください。

 フィールド滞在中は、調査をしていない時間のほうがずっと長く、その間はインフォーマント以外の地域の人々(つまりご近所さん)と過ごすことになります。研究者は、その地域コミュニティのメンバーの一人として、どうふるまうべきか、どんな役割を果たすことができるのかということも頭の片隅に置くべきでしょう。私は、進級試験前の中学生に数学を教えたり[注5]、家のお母さんや近所のお母さん[注6]のお使いとして、お米や野菜を買いに行ったりしています。調査をするだけがフィールドワークではありません。

コラム4:名づけの方法

ザンジバルの人の名前は、多くの場合、他のイスラム圏でもみられるものですが、中には変わり種もあります。例えば、私の調査協力者の女性には、「私はまだ信じない (Sijaamini)」「私はまだ同意していない (Sijadumba)」という名前の双子の子供がいます。彼女は、死産や自分の子供の夭逝(ようせい)(若くして死ぬこと)を経験したのちに、この双子を出産したため、彼らがちゃんと育ってくれるか不安に思い、このように命名したそうです。ちなみに、彼らは今では立派に成長しています。これ以外にも、「あなたたち私を笑いなさい (Nchekani)」や、「あなたたち置きなさい(Tuani)」と言った名前も耳にしたことがあります。

* * *

[注]

  1. この文を自然であると感じる日本語母語話者もいれば、不自然であると感じる日本語母語話者もいる。
  2. 日本での調査では渡さないことが多いようである。
  3. 日本円で約300円程度。現地の物価や平均収入を考慮すると、若干高額となる。
  4. 最近では、私が写真を撮って、あとで渡すことが知られていて、写真を撮りにくるよう呼ばれることもしばしばある。際限なく写真を要求されることもあるため、「2枚目以降は有料」と言っている。ただし払ってもらえるとは限らない。
  5. ザンジバルの中学生はあまり数学が得意ではない。
  6. 自分の家の子供だけでなく、近所の家の子供をお使いにやるということはよくある。

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【筆者プロフィール】

■古本真(ふるもと・まこと)

1986年生まれ、静岡県出身。大阪大学・日本学術振興会特別研究員PD。専門はフィールド言語学。2012年からタンザニアのザンジバル・ウングジャ島でのフィールドワークを始め、スワヒリ語の地域変種(方言)について調査・研究を行っている。
最近嬉しかったことは、自分の写真がフィールドのママのWhatsApp(ショートメッセージのアプリ)のプロフィールになっていたこと。

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【編集部から】

今回はフィールドの人たちとの付き合い方についてのお話でした。第5回に登場した古文書館の女性スタッフやホームステイ先のマクンドゥチの家のお母さん、また、今回の記事の写真のインフォーマントなど、古本さんの調査が多くの人の協力と彼らとの信頼関係から成り立っていることが分かります。次回は村でのある1日を紹介していただきます。お楽しみに。

フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 第6回 フィールドワークは準備が大事

2018年 3月 16日 金曜日 筆者: 古本 真

フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 第6回 フィールドワークは準備が大事

 フィールド言語学の教科書や授業では必ずといっていいほど、準備(と計画)の大切さが説かれています。もちろん、前回までにお話した道具の用意や話者探し、あるいはお金の工面といったことも大事な準備の一部です。しかし、フィールドワークには、こうした物理的な準備だけでなく、「頭の準備」も求められます。それは、フィールドワークの目的が、調査・研究だからです。今回は、私のはじめてのフィールドワークにおける失敗を反面教師としながら、どのような「頭の準備」が必要となるかをお話させていただきます。

 2012年3月、調査のためにはじめてザンジバルを訪れた私は、日本の先生に言われた通り、マクンドゥチ方言の調査を渋々ながら行うことにしました(渋々なのはこの時はマクンドゥチ方言よりも街で話されるスワヒリ語に興味があったから)。最初はフィールド言語学の定石通り語彙調査。先生に渡された語彙調査票[注1]を使いながら、ストーンタウンの外れにある大学の教室で、マクンドゥチ郡出身の用務員さんに方言を教えてもらいます。調査票の最初の語彙は「身体」。標準スワヒリ語(街のスワヒリ語)ではmwiliと言います。「マクンドゥチ方言でmwiliは何と言いますか」と聞くと、返ってきた答えはmaungo。明らかに違います。私は、この最初の単語を聞いて初めてマクンドゥチ方言が、日本で勉強してきたスワヒリ語とは大きく異なることに気づきました。しかし、調査を始めてからそんなことに気づくというのはまったくダメなフィールドワークの典型です。言語調査をする場合は、フィールドワークに出かける前に、その言語(方言)についてどんな研究があるのか調べたうえで、そのフィールドワークで調べる課題を明確にしておかなければなりません。私がフィールドワークを始めてから知った語彙の違いというのは、ずっと昔から知られた事実であり、本来であれば日本を出発する前に把握しておかなければならないことだったのです。

 もう一つ失敗のお話をしましょう。フィールドワークに取り組む際は、媒介言語を事前に流暢に話せるまでに習得していることが必要条件となります。媒介言語というのは話者とコミュニケーションをとるための言語で、私の場合は、標準スワヒリ語がこの媒介言語となります[注2]。2012年の時点では、私は標準スワヒリ語を片言しか話すことができませんでした。では、媒介言語が話せないとどのような問題があるのでしょうか。上で述べたような語彙調査に取り組むと、語彙だけでなく文法についても少しずつ分かってきます。例えば、「食べる」という動詞が知りたくて、「食べること」を何と言うか聞くと、「食べること」ではなくて、「食べた」であったり「食べよう」という別の活用形が答えとして返って来ることがしばしばあります[注3]。つまり、動詞について正確な語彙調査をしようと思えば、その言語の動詞活用形を作る規則を調べるための文法調査も並行して行う必要があります。文法調査は、文法調査票[注4]にのっとって行われることが一般的ですが、この文法調査票は多くの場合、英語や日本語で書かれています。媒介言語が英語でも日本語でもない場合は、それを自分で翻訳しなくてはいけません。当時の私のスワヒリ語能力では、この翻訳がうまくできず、マクンドゥチ方言の文法を調べたくても調べることすらままならないという問題にぶち当たってしまいました(なお、この問題は、幸いにして豊富に用意されている標準スワヒリ語の語学の教科書の例文をマクンドゥチ方言に翻訳してもらうという方法をとることで回避できました)。

 フィールドワークに準備は不可欠です。もしこれからフィールドワークに行こうと思っている人は、その言語に関する下調べと媒介言語の習得を怠ってはいけません。決して私の真似はしないでください。ただし、どんなに入念に準備をしても、予想外の困難にぶつかるというのもフィールドワークの醍醐味。そんな状況を打開していく能力というのもフィールドワークでは(そして研究でも)必要となるのかもしれません。

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[注]

  1. 私はある先生の作成した非公開の調査票を用いたが、「言語調査票 2000年版」(峰岸 2000)http://www.aa.tufs.ac.jp/~mmine/kiki_gen/query/aaquery-1.htm(最終確認日 2018年1月15日)のような一般に公開されたものを用いることもある。
  2. 調査する地域や、協力してくれる話者によって、英語、フランス語、日本語などほかの言語が媒介言語になることもありうる。
  3. 英語のeatingをなんというか聞いたら、ateやLet’s eatという答えが返ってきた状況を想像してほしい。
  4. オンライン上で公開されている日本語で書かれた文法調査票としては「南アジア諸言語調査のための文法調査票」(澤田 2003)http://www.aa.tufs.ac.jp/~sawadah/raokaken/(最終確認日 2018年1月15日)がある。また、マックスプランク進化人類学研究所のHP上https://www.eva.mpg.de/lingua/tools-at-lingboard/questionnaires.php(最終確認日 2018年1月15日)でも、多くの文法調査票が公開されている。

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【筆者プロフィール】

■古本真(ふるもと・まこと)

1986年生まれ、静岡県出身。大阪大学・日本学術振興会特別研究員PD。専門はフィールド言語学。2012年からタンザニアのザンジバル・ウングジャ島でのフィールドワークを始め、スワヒリ語の地域変種(方言)について調査・研究を行っている。
最近嬉しかったことは、自分の写真がフィールドのママのWhatsApp(ショートメッセージのアプリ)のプロフィールになっていたこと。

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【編集部から】

今回は「頭の準備」、フィールドワーカー自身に必要なことについて教えていただきました。媒介言語の習得、調査対象の言語・方言の情報収集というのは、短時間でできるものではありません。こうした事前の準備の話から、フィールドワーカーがフィールドにいないときの日々の活動も垣間見えてきますね。次回はフィールドの人たちとの付き合い方についてお話をしていただきます。

フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 第5回 調査準備2:話者に出会うまで

2018年 2月 16日 金曜日 筆者: 古本 真

フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 第5回 調査準備2:話者に出会うまで

 スーツケースに必要な物を詰め込んで、フィールドに乗り込んだとしても、すぐさまフィールドワークを始められるわけではありません。フィールド言語学にとって最も重要なもの、その言語を教えてくれる話者[注1]はどのように探し出せばいいのでしょうか。今回は、私がいかにしてフィールドにたどり着き、話者に出会ったのかについてお話ししたいと思います。

 ザンジバルでの調査は、調査許可と在留許可[注2]の2つの政府からの許可を取得するところから始まります[注3]。公式に調査をするためには、こうした許可が必ず必要となります。この2つは高い、時間がかかる(2つ合わせて取得に1か月以上)、手続きのプロセスが不明瞭というデメリット[注4]ばかりでなく、話者を紹介してもらえる(かもしれない)というメリットもあります。

 私の本格的なフィールドワークは、調査許可取得のために訪れた古文書館から始まりました。調査計画書のKimakunduchi(マクンドゥチ方言)という単語を目にした古文書館のおばちゃんスタッフは突然笑い出し、何をするかと思えば、マクンドゥチ郡出身の両親をもつという別の女性スタッフを呼びに行ってくれました。そしてこの女性スタッフの第一声は「じゃあ、マクンドゥチにはいつ一緒に行くの?」。私がフィールドにたどり着くことができたのは、彼女が連れて行ってくれたからだし、私の今の滞在先(この女性スタッフの姉の夫の弟の家)は、彼女が幾人もの人に連絡して探し出してくれたものです。つまり、今の私のフィールドワークはこの出会い(というかこの女性スタッフ)がなければ、なかったと言っても過言ではありません。

 ここでおもしろいのは、この古文書館、その名の通り、古文書を保存、管理する機関で、本来フィールドワークとはまったく関係がないというところです(そのことには、だいぶあとになってから気づきました)。ザンジバルの人は初対面のときはとてもシャイですが、悪いやつじゃない、おもしろそうなやつだと分かれば、とたんに心を開いて、自分の本当の仕事でなくても、親身になって助けてくれます。私の場合は、マクンドゥチ方言を調査したいということがポイントだったのかもしれません。外国人が、普通のスワヒリ語のみならず、方言を話すというのは相当に現地の人の興味を引くようです。


マクンドゥチへ向かうバス

 そして、ザンジバルの人は、人と人とのつながりを非常に重視します。いったんある人との間に信頼関係が出来れば、そのあとの話者探しは、その人からの紹介で非常にスムーズにいきます。「こんな感じ(昔話が上手、暇 etc.…)の人を探してるんだけど」なんて滞在してる家のお父さんやお母さんに言えばすぐに近所で探してきてくれます。それどころか、「トゥンバトゥ(ウングジャ島の北側にある小島)に行きたいと思ってるんだけど、まだ泊めてくれる人みつかってないんだよね」とマクンドゥチ(ウングジャ島の南側)の家のお母さんに言ったら、おそらく唯一のつてをたどり、滞在先を探して「日本人があんたんとこに行くけど、こいつは長く泊まるんだよ。食べ物は何でも食べるよ。スワヒリ語もしゃべれるよ。」と頼んでくれたこともあります(ちなみに、マクンドゥチとトゥンバトゥの間で人の交流はほとんどなく、知り合いがいることは非常にまれ)。


トゥンバトゥ島とマクンドゥチの位置

 ある一人の話者に出会うまでに、何人もの人を介すなんてことはよくあります。その人たちと信頼関係を築けるかどうかにフィールドワークの成否はかかっていると言っても過言ではありません。ただ、難しく考えずとも、気づかぬうちに彼らと仲良くなってしまうのがフィールドワークの醍醐味なのかもしれません。久しぶりにフィールドのお母さんにWhatsApp[注5]メッセージでも送ってみようかな(返事はたぶん1か月後だけど)。

コラム3:スワヒリ語にも方言がある

日本の各地域で、その土地ならではの方言が話されているのと同じように、スワヒリ語にも方言があります。その数は、大体20くらいと言われていて、多くは東アフリカの沿岸部で話されています。私が調査しているマクンドゥチ方言もこうした方言の一つです。マクンドゥチ方言は、標準語との間に共通点もたくさんありますが、違う点もたくさんあります。標準語しか話せない街出身の人にとっては理解が難しいことも多いようです。以下によく使う表現を挙げましょう。( ) のなかには、標準語の表現を挙げますので比べてみてください。Jaje? (Vipi)「調子はどう?」(友達との挨拶で)、Siviji (Sijui)「私は知らない」、Sikwebu (Sikutaki)「あんたなんかいらない」(夫婦喧嘩で)、Lya (Kula)「食べろ」。実は、Jajeという表現は、先ほどのバスの中に書かれていたのですが、見つけられましたか?


マクンドゥチへ向かうバスに書かれた方言

* * *

[注]

  1. 話者のことをコンサルタント (consultant) とかインフォーマント (informant) と呼ぶことがある。私は、現地ではどちらも使わず、「○○方言を話して教えてくれる人」とか「○○方言の先生」と呼んでいる。
  2. ザンジバルでの調査許可取得、在留許可取得については、http://www.jspsnairobi.org/tanzania(最終確認日 2018年1月5日)参照。なお、2017年2月時点で、古文書館と関わりのない調査については古文書館が調査許可取得の窓口とならないこと、滞在が3か月以内であれば、250ドルの在留許可が取得できることをここに補足しておく。
  3. タンザニア(ザンジバル含む)以外でも、調査に際して公的な許可が必要となる国はある。ちなみに、タンザニアでは、許可がないと、地方の役人に賄賂を要求されたり、調査を妨害されたりすることもあるらしい。
  4. 現地の人も、同じように許可地獄の中で日々生活している。ザンジバルはこういうものなんだと受け入れる態度、役所の人との雑談を楽しんだり感謝を伝える余裕をもつこと、許可取得を考慮して旅程を組むことが重要。
  5. LINEに似たメッセージ用アプリ。近年、ザンジバルでもスマートフォンの普及が進んでおり、このWhatAppを使うことで、日本からも簡単にザンジバルの人と連絡が取れるようになりつつある。

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【筆者プロフィール】

■古本真(ふるもと・まこと)

1986年生まれ、静岡県出身。大阪大学・日本学術振興会特別研究員PD。専門はフィールド言語学。2012年からタンザニアのザンジバル・ウングジャ島でのフィールドワークを始め、スワヒリ語の地域変種(方言)について調査・研究を行っている。
最近嬉しかったことは、自分の写真がフィールドのママのWhatsApp(ショートメッセージのアプリ)のプロフィールになっていたこと。

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【編集部から】

今回はその言語について教えてくれる話者との出会いについてのお話でした。現地に知り合いがいるととても心強いものです。古本さんは今回のエピソードに出てきた古文書館の女性スタッフに、在留許可取得のための入国管理局での交渉(とっても怖いのだとか)でこの間に入ってもらったこともあるそうです。次回はフィールド調査の「頭の」準備についてのお話をしていただきます。

フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 第4回 調査準備1:荷造りをする

2018年 1月 19日 金曜日 筆者: 古本 真

フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 第4回 調査準備1:荷造りをする

 アフリカで調査をするフィールドワーカーというと、とんでもない秘境に出かけて行って、あまたのサバイバルグッズを駆使しながら生き抜く姿をイメージする人がいるかもしれません。もちろん、そうしたタイプのフィールドワーカーもいるのですが、残念ながら、そうしたイメージは私の調査には当てはまりません。私の滞在先には電気が来ており(時々停電するけど)、扇風機もあり(首は回らないけど)、夜はベッドで寝ています(南京虫にかまれたけど)。最近では、インターネットも使えます。食事も、お世話になっている家のお母さんが用意してくれるので、自分で作る必要がありません(ちなみに主食はだいたい米)。つまり、皆さんがちょっとしたキャンプに出かけるよりもよっぽど準備するものは少ないのです。特別に用意するものと言えば、蚊が多くてマラリアの心配があるので、その対策のための、予防薬や虫よけスプレー(私はどちらも使いませんが)や蚊取線香くらいでしょうか[注1]

 それでは、フィールド言語学のために特別に必要なものとはいったいどんなものなのでしょうか。今回は、私のフィールドワークにおける必需品をいくつか紹介します。


私のフィールドワークにおける必需品

ノートとペン

この2つさえあればフィールドワークは始められます。私が使っているノートは、表紙の硬いA5くらいのサイズのものです。こんなノートを使っているのは、机がないところでも書き取りがしやすく、携帯もしやすいためです。話者への聞き取りは、たいてい家の軒先や屋外で行われます。また、決まった調査時間以外も気づいたこと、耳にしたおもしろい表現は書き留めておく必要があります。ペンは、書き心地のよい油性のボールペンを選んでいます。

ボイスレコーダーとマイク

フィールド言語学で分析の対象となる言語データは話者が発した音声に他なりません。この音声を残しておくことは以下のような利点があります。

・調査中にメモし忘れたり、自分の速記が汚すぎて読めない場合のデータの確認。
・メモには残されていない現象(例:声の抑揚)の検証。
・速記が不可能なおしゃべりの記録。
・データの信頼性の確保。

ボイスレコーダーは、16bit/44.1kHzのwavファイルの形で音声を録音できるものを用います。聞き取りやすく、多くの再生機器や分析ソフトに対応しているため、言語調査の際は、こうしたフォーマットで音声ファイルを保存することが一般的になっています。マイクは、レコーダー内臓のものを用いることもありますが、よりクリアな音声が必要なときは、ヘッドセット型のコンデンサーマイクを使います。

パソコン

パソコンは、集めたデータ(ノートのメモや音声)の保存だけでなく、普段のおしゃべりや民話の文字起こしのためにも用います。文字起こしは、パソコンに保存した録音データを母語話者と一緒に聞きながら行います。正確な文字起こしは、母語話者の協力なしではとてもできません。なお、私は初めて赴く調査地にはパソコンをもっていかないようにしています。これは、そもそも滞在先でパソコンが使えるか不明、パソコンがあるとフィールドの人たちと話す時間が減ってしまう、信頼関係を築くまでは万一盗まれたら嫌だ、といった理由によります。

懐中電灯

調査は、話者の都合に合わせて夜行うこともたびたびありますが、ザンジバルの地方には電気が来ていない家もたくさんあります。夜、電気のない家で調査をするときは、懐中電灯が必須です。また、家によっては、トイレに灯りがないということもよくありますが、こんなときにも懐中電灯を持っていると便利です。

* * *

[注]

  1. なお、荷物を用意するときのコツは、調査時も含めた、朝起きてから夜寝るまでの生活をイメージすること。

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【筆者プロフィール】

■古本真(ふるもと・まこと)

1986年生まれ、静岡県出身。大阪大学・日本学術振興会特別研究員PD。専門はフィールド言語学。2012年からタンザニアのザンジバル・ウングジャ島でのフィールドワークを始め、スワヒリ語の地域変種(方言)について調査・研究を行っている。
最近嬉しかったことは、自分の写真がフィールドのママのWhatsApp(ショートメッセージのアプリ)のプロフィールになっていたこと。

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【編集部から】

今回は調査準備編の1回目ということで、調査道具について紹介していただきました。懐中電灯が必要なのは地域性の現れでしょうか。使用するノート・ペンの種類やパソコンに入れたソフト、マイクの種類などにはフィールドワーカーそれぞれのこだわりがあるのかもしれません。

次回は、話者(ことばを教えてくれる人)といつ、どのように知り合うかについて話していただきます。

フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 第3回 南の楽園? ザンジバルってどんなとこ?(その2)

2017年 12月 15日 金曜日 筆者: 古本 真

フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 第3回 南の楽園? ザンジバルってどんなとこ?(その2)

 前回は、私がフィールドとするザンジバルの地理と気候、そして歴史と政治について述べました。今回は、ザンジバルの宗教となりわいを紹介したいと思います。

 ザンジバルの人口はおよそ130万人ですが[注1]、その99パーセントがイスラム教徒と言われています[注2]。私も、都市部を離れて、イスラム教徒でない現地出身の人に会ったことはほとんどありません[注3]。イスラム教であることは、ザンジバルの人の生活の中にも色濃く反映されています。ちょうど日本の寝る前の歯磨きのような感じで、お母さんが子供に「お祈りしたの?お祈りしなさい」という場面は毎日のように目にします(ちなみに、ザンジバルの人はきちんと歯磨きをしません)。普段の言葉遣いでも、オフィスやバスで「アッサラームアライクム(あなたに平安を)」、若い娘がごはんを食べ終わって「アルハムドリッラー(神に讃えあれ)」(ゲップをしながら)、「明日朝9時に会おう」と約束をして「インシャアッラー(神の思し召しがあれば)[注4]」、なんていうイスラム圏では一般的なアラビア語の表現がよく聞かれます。

 なりわいとして、私の周りでよくみられるものは、農業、漁業、公務員(教師、警察含む)[注5]といったところでしょうか。農産物としては、キャッサバ、バナナ、マンゴーなどのいかにもトロピカルなものだけでなく、サツマイモ、トマト、みかんなど、日本の人にもなじみのあるものも挙げられます。これ以外に、海藻を浜辺で育てている人(主に女性)もたくさんいます[注6]。漁業は、陸からそう離れずに行われる小規模なものから、タンザニアの大陸部まで渡ってそこに数か月滞在して行うような大規模なものまであります。これは地域によって異なるようです。例えば、私がよく滞在しているマクンドゥチの人が行うのは前者のタイプですが、ウングジャ島の北にあるトゥンバトゥ島の人たちは、後者のタイプの漁業を行っています。


海藻を育てる女性たち

 男性がかぶる帽子、ココナツの繊維を手でよったロープやヤシの繊維を編んだカバンもよくある現金収入を得る手段の一つです。また、観光も重要な産業の一つとなっています。観光資源としては、ウングジャ島北部のヌングイに代表される美しい海と砂浜、クローブをはじめとするスパイス、前回紹介したストーンタウンの街並みが有名です。現地の人が、ホテルの掃除の仕事に行って、観光客の置いて帰った日焼け止めや歯磨き粉を、何か分からず持って帰ってくるなんてこともよくあります。


自分で編んだ帽子をかぶる女性

 「フィールド言語学」に取り組む際は、研究対象となる言語だけでなく、フィールドの環境、歴史や政治、人々の暮らしにも注意深く目を向けなくてはなりません。なぜ、そんな必要があるのかについては、次回以降、少しずつ話していきたいと思います。

コラム2:「アッサラームアライクム」はスワヒリ語?

本文中で、「アッサラームアライクム」などのアラビア語の挨拶を紹介しましたが、スワヒリ語の語彙の中には、アラビア語由来のものがたくさんあります。実は、第一回のコラムで紹介したサファリ (safari) も元々はアラビア語です。以前、ザンジバルの中学生たちがスワヒリ語(国語)のテスト勉強をしているところをのぞいたことがあるのですが、興味深いことに、英語由来の語は外来語とみなされている一方で、アラビア語由来の語の多くは、外来語とは認識されていませんでした。彼らにとって、アラビア語由来の語というのは、私たちにとっての漢語のようなもので、より深くスワヒリ語に根差しているのかもしれません。

* * *

[注]

  1. ザンジバルを構成するウングジャとペンバの合計。2012年タンザニア国勢調査http://www.nbs.go.tz/(最終確認日 2017年10月29日)を参照。
  2. アメリカ国務省の報告https://www.state.gov/j/drl/rls/irf/2007/90124.htm/(最終確認日 2017年10月24日)を参照。
  3. タンザニアの大陸部から出稼ぎに来ているマサイ人はこの限りではないと思われる。
  4. 他の国や地域で、この表現は守られない約束の際に使われることも多いようだが、ザンジバルでは、この表現の有無と約束が守られるかは関係ないようである。
  5. ちなみに、現地の人曰く、一番儲かるのは「政府の仕事」(公務員)らしい。
  6. アジアやヨーロッパへ輸出され、化粧品や歯磨き粉の原材料として使われる。ザンジバルで海藻を育てている人たち自身は、どのような目的で使われるのか必ずしも正確に理解しているわけではなさそうである。http://www.bbc.com/news/world-africa-26770151(最終確認日 2017年10月24日)を参照。

◆この連載の目次は⇒「フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 」目次へ

【筆者プロフィール】

■古本真(ふるもと・まこと)

1986年生まれ、静岡県出身。大阪大学・日本学術振興会特別研究員PD。専門はフィールド言語学。2012年からタンザニアのザンジバル・ウングジャ島でのフィールドワークを始め、スワヒリ語の地域変種(方言)について調査・研究を行っている。
最近嬉しかったことは、自分の写真がフィールドのママのWhatsApp(ショートメッセージのアプリ)のプロフィールになっていたこと。

* * *

【編集部から】

今回はザンジバルの人々の宗教となりわいについて紹介していただきました。次回からは調査準備編ということで、古本さんの荷造りの方法を教えていただきます。ザンジバルでの長期滞在に必要なものは何でしょうか?そして、研究室を離れた調査には何が必要でしょうか?

フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 第2回 南の楽園? ザンジバルってどんなとこ?(その1)

2017年 11月 17日 金曜日 筆者: 古本 真

フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 第2回 南の楽園? ザンジバルってどんなとこ?(その1)

 フィールド言語学の舞台となるフィールドとはいかなるところなのでしょうか。今回は、私のフィールド、ザンジバルの、特に地理と気候、そして歴史と政治について紹介したいと思います。

 ザンジバルは、タンザニア連合共和国の主にウングジャとペンバという二つの島からなる地域の呼称です。南半球の赤道の比較的近くに位置しており[注1]、一年を通じて温暖湿潤、というか暑いです。特に12月から3月にかけての最も暑い時期は、扇風機すらない田舎の家では、夜眠ることができないほどです。気候は細かく見ると島内でも違いがあって、例えば、私がよく滞在しているウングジャ島南部のマクンドゥチは比較的雨が少なく、「最近は雨が少なくて、農業がやりにくくなった」なんて声が聞かれる一方、そこから15kmほど離れた、ムユニはより降雨量が多く農業ももっと盛んに行われているようです[注2]


ウングジャ島(中央)とペンバ島(右上)(クリックで拡大)

 ザンジバルで最も有名なものの一つは「ストーンタウン」でしょう。ウングジャ島中西部の迷路のようなこの街は、19世紀中ごろ、オマーン出身のスルタン、サイードの治世期に、クローブによってもたらされた繁栄を謳歌するザンジバルの都として発展を遂げました。街の建設には、この時代にやってきたインド系移民も大きく寄与しています。またザンジバルがイギリス保護領となっていた時代 (1890-1963) には、ヨーロッパ風の建築物が建てられました。現在まで残る独特の景観は、こうした歴史的経緯があって形作られています。


ストーンタウンの位置

 ザンジバルの街や村の中を歩いていると、槌(つち)と鍬(くわ)が描かれた緑の旗、あるいは白地で水色と赤の線で縁取られた旗がやたらと掲げられているところに遭遇します。


左が地方にある革命党の事務所の看板、
右が市民統一戦線の支持者が集まるストーンタウンの一角

 前者は、1964年のザンジバル革命で実権を握ったアフロ・シラジ党にルーツをもち、今なお政権を握る革命党 (CCM) の旗、後者は1992年の複数政党制が認められたあとに結成された市民統一戦線 (CUF) の旗です。掲げられた旗から、その土地でどちらの支持者が多いのかがわかります。フィールドワークをしていると、「お前はどっちを支持するんだ」(無論どっちもしていません)とか「一緒に○○(政治家)の集会に行きましょう」なんて言われることもあります。政治に関する積極的な発言は、必要がない限り控えたほうがいいと思いますが、政治に関するおしゃべりに耳を傾けると、現地の人が何を考えているのか、生活にどんな問題を抱えているのかが見えてきたりするかもしれません[注3]

* * *

[注]

  1. ウングジャ島は南緯5.7~6.5度の間に位置する。
  2. ちなみに、ムユニはマンゴーの産地としてザンジバルでは有名。筆者の知る限り、ザンジバルのマンゴーが世界一うまい。
  3. ザンジバルの最近の政治情勢については
    https://jatatours.intafrica.com/habari168.html(最終確認日 2017年9月19日)が参考になる。

◆この連載の目次は⇒「フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 」目次へ

【筆者プロフィール】

■古本真(ふるもと・まこと)

1986年生まれ、静岡県出身。大阪大学・日本学術振興会特別研究員PD。専門はフィールド言語学。2012年からタンザニアのザンジバル・ウングジャ島でのフィールドワークを始め、スワヒリ語の地域変種(方言)について調査・研究を行っている。
最近嬉しかったことは、自分の写真がフィールドのママのWhatsApp(ショートメッセージのアプリ)のプロフィールになっていたこと。

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【編集部から】

第2回の今回は古本さんのフィールド(調査地)のザンジバルを地理と気候、歴史と政治の点から紹介していただきました。フィールドで調査したり、人々と知り合いになるうえで、地域の特徴を知ることも必要です。次回は宗教やなりわいを通して、ザンジバルの人々の生活について紹介していただきます。

フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 第1回 フィールドワーカーの苦悩:フィールド言語学とは何か

2017年 10月 20日 金曜日 筆者: 古本 真

フィールド言語学への誘い:ザンジバル編 第1回フィールドワーカーの苦悩:フィールド言語学とは何か


著者とフィールドの家族

 「専門は言語学です。フィールドワークをしています」と自己紹介をすると、どこかとても不便なところへと足を運んで、誰も聞いたことがないような言語の調査をしていると思われることがままあります。これは、相手が言語学者であってもありうることです。そして、このイメージというのは、言語調査を行うフィールドワーク、フィールドワーカーの多くにあてはまるものかもしれません。

 実際、私はタンザニアのザンジバルという地域で、スワヒリ語[注1]の方言を調査しています。ザンジバルはストーンタウンの歴史ある街並みやきれいなビーチで有名なところですが、私が訪れるのは、そんな魅力的なものがなく、観光客は見向きもしないような土地です。多くの日本人にとっては、不便で暮らしにくいところかもしれません。スワヒリ語というのも、メジャー言語と呼んでも差し支えないくらい、多くの人に知られた言語ですが(みなさんはそうは思わないかもしれませんが![注2])、その方言については、存在すらほとんど知られていないでしょう。


タンザニアおよびザンジバル諸島の位置(クリックで拡大)

 こうしたイメージに当てはまるフィールドワークというのは何か特別なものなのでしょうか。フィールドワーカーは、主に自分が母語としない言語[注3]のデータをその言語の話者から集めています。もう少し具体的な例として、私が調査で取り組んでいることを挙げましょう。

・例文を作ってその正しさを話者に判断してもらう[注4]
・「音」を分析するために、同じ語を繰り返し発音してもらって録音する。
・話者のおしゃべりを文字で読めるテキストにして分析する。

このどれも、言語学研究の手法としては一般的なものです。例えば、文の正しさの判断は、どこか特別な辺境の地ではなく、大学のキャンパスの中で行われることがしばしばあります。音声の録音も、大学や研究機関に特別に設えられた防音室で行われうるものです。また、テキストからデータを集めるというのは、現在話者のいない「死んだ」言語の研究で一般に用いられるデータ収集方法です。

 つまり、「フィールドワーカー」がやっていることは、そうではない言語学者と大差はなく、フィールドワーカーと呼ばれる人たちは、その枠に押し込められることに対して、ときとして、違和感であったり、恥ずかしさを感じています(全員ではないかもしれませんが)。

 「フィールド言語学」という分野をたてる意味があるとすれば[注5]、分析の対象となるデータにたどり着くまでに、他の言語学の分野、あるいは言語学以外のフィールドワークとは異なる特別な配慮が必要となるからかもしれません。ここでいうデータとは、人間の口から発せられる言語です。

 この連載では、私の目から見た、私が経験したフィールドワークについてお話をさせていただきます。それを通じて、フィールド言語学とはなんなのか、みなさんも考えてみてください。

コラム1:スワヒリ語と日本語

「サファリパーク」という名の動物園が日本国内にはいくつもありますが、この中の「サファリ」という語は、スワヒリ語で「旅」を意味するsafariに由来します。
また、私が聞いたザンジバルのおばあさんの物語の中に、chirimeniという布を指す語がでてきたことがあります。このchirimeniは日本語のちりめんに由来していると考えられますが、いわずもがな、このおばあさんは日本語を全く知りません。
スワヒリ語と聞くと、まったく未知の言語のように思ってしまうかもしれませんが、このように、思いがけないところで日本語との間につながりがあったりします。

* * *

[注]

  1. スワヒリ語は、東アフリカのケニア・タンザニアを中心とした地域で広く話されている。第二言語話者も含めれば、1億人近くの話者がいるとされる。
    https://www.ethnologue.com/language/swh(2017年9月19日参照)。
  2. 例えば、日本にはスワヒリ語を専門的に学べる大学がある。また、アマゾンで「スワヒリ語」と検索すれば、日本語で読めるスワヒリ語の辞書、教科書がみつかる。世界にはおよそ6~7000の言語が存在すると言われるが、日本の大学で学べる、あるいは日本語で書かれた辞書、教科書があるのは、そのなかのごく一部にすぎない。
  3. 自分の母語のデータを他の話者から集めるということもあり得る。
  4. このような文の正しさの確認は、容認性判断と呼ばれる。
  5. 実際、“Linguistic Fieldwork(言語学のフィールドワーク)”とか、“Field Linguistics(フィールド言語学)”というタイトルの本が何冊も出版されている。

◆この連載の目次は⇒「フィールド言語学への誘い:ザンジバル編」目次へ

【筆者プロフィール】

■古本真(ふるもと・まこと)

1986年生まれ、静岡県出身。大阪大学・日本学術振興会特別研究員PD。専門はフィールド言語学。2012年からタンザニアのザンジバル・ウングジャ島でのフィールドワークを始め、スワヒリ語の地域変種(方言)について調査・研究を行っている。
最近嬉しかったことは、自分の写真がフィールドのママのWhatsApp(ショートメッセージのアプリ)のプロフィールになっていたこと。

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【編集部から】

フィールド言語学の実際をフィールドワーカーの目からながめる『フィールド言語学への誘い』の連載が始まりました。私たちひとりひとりが違った人間であるように、研究対象のことばが話されている土地もことばの話し手もさまざまで、調査の進め方も一様ではありません。古本さんのフィールドワークを通じて、フィールド言語学の楽しさにふれてみてください。

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