フィールド言語学への誘い:ザンジバル編

第2回 南の楽園? ザンジバルってどんなとこ?(その1)

筆者:
2017年11月17日

フィールド言語学の舞台となるフィールドとはいかなるところなのでしょうか。今回は、私のフィールド、ザンジバルの、特に地理と気候、そして歴史と政治について紹介したいと思います。

ザンジバルは、タンザニア連合共和国の主にウングジャとペンバという二つの島からなる地域の呼称です。南半球の赤道の比較的近くに位置しており[注1]、一年を通じて温暖湿潤、というか暑いです。特に12月から3月にかけての最も暑い時期は、扇風機すらない田舎の家では、夜眠ることができないほどです。気候は細かく見ると島内でも違いがあって、例えば、私がよく滞在しているウングジャ島南部のマクンドゥチは比較的雨が少なく、「最近は雨が少なくて、農業がやりにくくなった」なんて声が聞かれる一方、そこから15kmほど離れた、ムユニはより降雨量が多く農業ももっと盛んに行われているようです[注2]

ウングジャ島(中央)とペンバ島(右上)(クリックで拡大)

ザンジバルで最も有名なものの一つは「ストーンタウン」でしょう。ウングジャ島中西部の迷路のようなこの街は、19世紀中ごろ、オマーン出身のスルタン、サイードの治世期に、クローブによってもたらされた繁栄を謳歌するザンジバルの都として発展を遂げました。街の建設には、この時代にやってきたインド系移民も大きく寄与しています。またザンジバルがイギリス保護領となっていた時代 (1890-1963) には、ヨーロッパ風の建築物が建てられました。現在まで残る独特の景観は、こうした歴史的経緯があって形作られています。

ストーンタウンの位置

ザンジバルの街や村の中を歩いていると、槌(つち)と鍬(くわ)が描かれた緑の旗、あるいは白地で水色と赤の線で縁取られた旗がやたらと掲げられているところに遭遇します。

左が地方にある革命党の事務所の看板、
右が市民統一戦線の支持者が集まるストーンタウンの一角

前者は、1964年のザンジバル革命で実権を握ったアフロ・シラジ党にルーツをもち、今なお政権を握る革命党 (CCM) の旗、後者は1992年の複数政党制が認められたあとに結成された市民統一戦線 (CUF) の旗です。掲げられた旗から、その土地でどちらの支持者が多いのかがわかります。フィールドワークをしていると、「お前はどっちを支持するんだ」(無論どっちもしていません)とか「一緒に○○(政治家)の集会に行きましょう」なんて言われることもあります。政治に関する積極的な発言は、必要がない限り控えたほうがいいと思いますが、政治に関するおしゃべりに耳を傾けると、現地の人が何を考えているのか、生活にどんな問題を抱えているのかが見えてきたりするかもしれません[注3]

* * *

[注]

  1. ウングジャ島は南緯5.7~6.5度の間に位置する。
  2. ちなみに、ムユニはマンゴーの産地としてザンジバルでは有名。筆者の知る限り、ザンジバルのマンゴーが世界一うまい。
  3. ザンジバルの最近の政治情勢については
    https://jatatours.intafrica.com/habari168.html(最終確認日 2017年9月19日)が参考になる。

筆者プロフィール

古本 真 ( ふるもと・まこと)

1986年生まれ、静岡県出身。大阪大学・日本学術振興会特別研究員PD。専門はフィールド言語学。2012年からタンザニアのザンジバル・ウングジャ島でのフィールドワークを始め、スワヒリ語の地域変種(方言)について調査・研究を行っている。

最近嬉しかったことは、自分の写真がフィールドのママのWhatsApp(ショートメッセージのアプリ)のプロフィールになっていたこと。

編集部から

第2回の今回は古本さんのフィールド(調査地)のザンジバルを地理と気候、歴史と政治の点から紹介していただきました。フィールドで調査したり、人々と知り合いになるうえで、地域の特徴を知ることも必要です。次回は宗教やなりわいを通して、ザンジバルの人々の生活について紹介していただきます。