フィールド言語学への誘い:ザンジバル編

第11回 おしゃべりを聞きに行く

筆者:
2018年9月21日

言語調査は大きく二つに分けることができます。一つは、調査者が聞きたいことをインフォーマント(話者)に尋ねる調査。もう一つはインフォーマントが話したいことを聞く調査。調査票を使って「魚」という名詞がその言語でなんというかを聞いたり、「彼は昨日牛を買った」という文を翻訳してもらったり、「虫を殺したけど死ななかった」という文が自然であるかを考えてもらう調査は、調査者が聞きたいことを尋ねる調査となります(第6回第9回参照)。では、インフォーマントが話したいことを聞く調査とはどのようなものなのでしょうか。

前回、偶然耳にしたおしゃべりのなかから、新たな発見が得られることがあるというお話をしました。おしゃべりというのは、言語調査にとってとても重要なデータとなりますが、いくら集中して周りのおしゃべりを聞いたとしても、当然すべての語や文をその場で聞き取ることなどできません。そこで、しばしば、インフォーマントのところに行って、おしゃべりを聞き録音するということを行います。これこそが、インフォーマントが話したいことを聞く調査となります。

おしゃべりを録音するというと、とても簡単なことのようにも思われますが、個人的にはこうした調査が一番やりづらく手間がかかると感じています。

おしゃべりを録音する際は、まず、いかに自然な形でいつも通りインフォーマントに話してもらうかが鍵となります。これが最初の難関です。少し考えてみればわかる通り、いきなりマイクを向けられて、何分もしゃべることのできる人などいません。あるいは、なんとか口を開いてくれたとしても、こちらが調査対象の言語がわからないと、簡単な言葉遣いになったり、媒介言語(インフォーマントとフィールドワーカーの共通言語)で話をはじめたりします。

では、こうしたハードルを乗り越えてできるだけ自然に話してもらうにはどうすればいいのでしょうか。

①話題を用意する

あらかじめ話してもらう話題を決めておくと、比較的スムーズにおしゃべりしてもらうことができます。私がよくお願いするのは民話[注1]。私の調査地のマクンドゥチには、海藻を育てている女性がたくさんいますが(第3回参照)、その仕事の様子を詳しく説明してもらったこともあります。お年寄りには、昔の生活の様子を聞いたりするのもよいでしょう。最近は、マクンドゥチでかつて行われていた割礼儀礼のことを、古老たちに聞いて回っています。

割礼の様子を説明するマクンドゥチの古老

②2人のインフォーマントの会話を録音する

2人のインフォーマントに会話をしてもらうというのも、自然なおしゃべりを集めるよい方法となります。インフォーマントが1人しかいない場合は、必然的に調査者が聞き手にまわる必要があり、それによって不自然さが生じることもよくあるのですが、母語話者2人に会話をしてもらえば、こうした不自然さは避けられます。私はより自然な環境を作るために、「私はここにいるけど、いないものと思って無視して会話をしてください」とお願いをして会話をしてもらったり、途中で見えないところに隠れて話をしてもらったりしています。

この調査は、おしゃべりを録音すればそれで終わり、とはなりません。録音した音声を研究に使えるものにするためには、それを聞き取ってテキストにする必要があります。この「書き起こし」が第二の難関となります。

以下は、録音した民話の一部を書き起こしたものです。書き起こす際は、あらかじめ決めておいたその言語の表記法で、音声を文字にするだけでなく、それぞれの語や形態素(語の一部分)にグロス(語注)をつけて、更に文ごとに訳をつける必要があります。以下のテキストの1行目は音声を文字にした部分、2行目はグロス、3行目は文の訳となっています。

 

a-ka kama kipete wa=kipete ki-ka-jenga majumba
3SG.SM-CONS(言い間違い) ように 指輪 GEN=指輪 CL7.SM-CONS-建てる 御殿
「指輪の精は御殿を建てました」

 

vavo valya majiduka wa=waarabu wa=masa wa=mzungu
そこ ここ GEN=アラブ人 GEN=マサイ人(言い淀み) GEN=白人
「そこここに、アラブ人の店、マサイ人の店、白人の店」

 

自然なおしゃべりには、言い間違いや、速くて聞き取れない部分、知らない単語が含まれており、とても一人で書き起こすことなどできません。そのため、書き起こしは、フィールド滞在中に母語話者と一緒に聞きながら行います。この作業は、録音された音声を何度も聞き返して、細かな点まで母語話者に確認しながら行うため、たった30分のおしゃべりでも書き起こしに何日もかかるなんてこともよくあります。

* * *

  1. 以下のリンクで、筆者の書き起こした民話資料(スワヒリ語マクンドゥチ方言の民話資料一編 : 子供が鬼に連れ去られた話)を読むことができる。 https://ir.library.osaka-u.ac.jp/repo/ouka/all/search/200080080499/?lang=0&cate_schema=3000&mode=0&disp=back&codeno=journal

コラム7:結婚はするもの?されるもの?

スワヒリ語では「結婚する」は -oaという動詞を使って表されますが、この動詞 -oaで「○○が結婚する」を表すとき、○○にいれることができるのは、男の人を指す表現だけです。女の人が結婚することを表す際は、この動詞を受け身の形 -olewaにしなければなりません。つまり、「花子が結婚した」というスワヒリ語の表現は、日本語に直訳すれば、「花子が結婚された」となります。ザンジバルでは、離婚もよくありますが、「離婚する」という動詞も、女の人が離婚する場合は、受け身形になります。

筆者プロフィール

古本 真 ( ふるもと・まこと)

1986年生まれ、静岡県出身。大阪大学・日本学術振興会特別研究員PD。専門はフィールド言語学。2012年からタンザニアのザンジバル・ウングジャ島でのフィールドワークを始め、スワヒリ語の地域変種(方言)について調査・研究を行っている。

最近嬉しかったことは、自分の写真がフィールドのママのWhatsApp(ショートメッセージのアプリ)のプロフィールになっていたこと。

編集部から

今回は、インフォーマントからお話を引き出して研究用のデータにするために、古本さんが実践しているコツを教えていただきました。普段おしゃべりが上手な人でも、レコーダーを前にすると緊張してしまいそうです。コツをつかんで、インフォーマントに楽しくおしゃべりしてもらえるといいですね。

昨年10月から続いた本連載ですが、次回は最終回です。どのようなお話が聞けるでしょうか。お楽しみに