社会言語学者の雑記帳

2-1 書を捨てて街に出よう1:あれもフィールドワーク、これもフィールドワーク

2008年5月10日

前回のオハナシでは、私のフィールドワーク体験を赤裸々に(^^ゞ書いてみましたが、そもそも「フィールドワーク」とは何をするものなのでしょう?

フィールドワークは「野外調査」(野良仕事?)なので、研究室や大学を出て行う調査のことは、何でもフィールドワークになりそうです。人文科学では、人類学・民族学・民俗学・社会学などではこうした調査は日常茶飯事です。美術史でも、彫刻や壁画などがある場所まで出向いて現地調査をすることもありますが、これも立派なフィールドワークです。人文系の研究者というと、研究室に閉じこもって論文を読み耽(ふけ)っているヒッキーなイメージがあるかもしれませんが、みんながみんないつもそうではないので、誤解なきよう^^

言語学のフィールドワークは、ある言語・方言が話されている地域に直接赴(おもむ)いたり、そうした言語を話す話者に会ってデータを収集したりすることを指します。でもデータを収集するって、どういうこと? そうです! 実はこれがイロイロなんです。そこで、今回はまず言語学のイロイロなフィールドワーク法を挙げてみましょう。

まず、前回書いたような「ともかく人に会ってその人の自然談話を取ってくる」というタイプのフィールドワークがあります。レコーダ(今ならICレコーダ、ちょっと前ならDATレコーダかMDレコーダ)とマイクと電池かACアダプタ(メイビー手土産も?)を持って行って相手と話をして録音するものです。この応用型として、「グループセッション」といって、数人の仲良しグループに集まってもらい、会話を録音する方法もあります。これらは、マイクを付けて「調査ですよ~♪」ということをはっきりさせながらも、第2・3のタイプのように調査票を使わないという点で同じタイプとしてよいでしょう。

2番目のタイプとして、あらかじめ質問を書いた調査票を作成し、それに沿った質問をして回答を集めてまわるタイプのフィールドワークがあります。「カタツムリのことをこの土地の言葉で何と言いますか」などという風に聞く方法です。これは方言調査やよく知られていない言語の調査で使われます。この質問文にしても、共通語からの翻訳方式(カタツムリの方法はまさにこれ)とか、なぞなぞ式(「人間がよく飼う、ニャーニャー鳴く動物のことを何と言いますか」)とか、絵や写真を見せる方法などがあり、聞きたい内容によって使い分けます。

3番目のタイプは、やはり調査票を使いますが、個人ではなく数百人、時には1000人という集団を相手として、大量の回答を集めるアンケート方式です。社会学でよく使われる方法で、「ことばの世論調査」と思えばいいでしょう。世論調査や国勢調査のように調査員が質問項目の載った調査票を持って、みなさんの家に尋ねてくるわけです。ランダムサンプリング法を使って回答者を選ぶと、非常に正確にその集団の全体像をつかむことができます。

この方法は、ある程度第2の方法を使った調査で、すでにその言語の基本的な音韻・文法構造が分かっているというのが前提となります。調査票を使うという点で第2・3の方法は似通っていますが、基本的に少人数を相手に音や文法の構造、また語彙面を明らかにしようとするのが第2の方法であるのに対して、第3の方法はそこから得られた情報を踏まえた上で、その地域や集団全体にみられることばのゆれ(バリエーション)を集団を相手にして大量データを集めることで解明しようとするアプローチ、ということができるでしょう。

4つ目。その土地の人が話しているのをそばでナニゲに聞き、あとで記録するという方法。業界用語で言うと「自然傍受法」があります。これと似た方法に、「即匿法」というのがあります(ちなみにこれはMade in U.S.A.)。「即匿法」は、こちらが誰であるかを明かさずに、まったく日常的なやりとりの中で相手の言語行動を観察・記録することで、言語学者が観察していない状態での人の話し方を見ていこうとする方法です。たとえば、デパートの店員に売り場を聞くフリをして、実はその店員の発音を観察するような方法です。自分の身分を明かさないので、「匿」であり、観察はあっという間に終わるので「即」です。私もアメリカの授業で「マクドナルドに行ってそばに座った人々の-ingの発音を観察して来い」という宿題をやったことがあります。実際、3時間ぐらいマクドの座席に座って、さもナニゲにぼけっとしている東洋人のフリをしながら、後ろの席で喋りまくる地元ピーポーの話を懸命に聞いて、going、 eatingなどといった単語の最後の g をどのように発音しているのかを(例によって)必死になって記録しました。あ、まねする人は、きちんとそれなりのオーダーをするように^^

ラスト、5つ目。社会学や文化人類学でよく使われる、参与観察という面白い方法があります。ぶっちゃけ、「えーい、観察している奴らに俺も入っちゃえー☆」という方法です^0^ 例えば「駅前にたむろしているヤンキーによる敬語使用の実態」が知りたいとしたら、自らヤンキーとなり(!)仲間に入れてもらい、行動を共にしつつ彼らの熱い敬語使用を観察するわけです。

実際の研究場面では、研究者はこうしたいろいろな方法を使い分けて調査をしています。では、どのように使い分けているのか、それを次回は語ってみましょう。

筆者プロフィール

松田 謙次郎 ( まつだ・けんじろう)

神戸松蔭女子学院大学文学部英語英米文学科、大学院英語学専攻教授。Ph.D.
専攻は社会言語学・変異理論。「人がやらない隙間を探すニッチ言語学」と称して、自然談話データによる日本語諸方言の言語変化・変異現象研究や、国会会議録をコーパスとして使った研究などを専門とする。
『日本のフィールド言語学――新たな学の創造にむけた富山からの提言』(共著、桂書房、2006)、『応用社会言語学を学ぶ人のために』(共著、世界思想社、2001)、『生きたことばをつかまえる――言語変異の観察と分析』(共訳、松柏社、2000)、『国会会議録を使った日本語研究』(編、ひつじ書房、2008)などの業績がある。
URL://sils.shoin.ac.jp/%7Ekenjiro/

編集部から

ということで、次回は、こんなにいっぱい方法があっても、で、どんなときにどんな方法を使えばいいの?ってところをご紹介。