ちょっと「社会言語学者になるまで」シリーズをお休みして、今回は現在関わっている敬語調査のお話をしましょう。この調査は、国立国語研究所が2007年から行っているもので、愛知県岡崎市での敬語使用と敬語意識に関するものです。岡崎市は本州のちょうど真ん中辺りにある小さな町で、八丁味噌でその名が知られる土地でもあります。以前NHK朝の連続ドラマの「純情きらり」の舞台となりました。
敬語も日本語の一部ですから、当然時代とともに変わります。実際に敬語をどのように使うかということに加えて、何を敬語と捉えるかという意識も変化していきます。これを岡崎市民の方々について調査しようというのが岡崎敬語調査です。岡崎市民の、と言うからにはそのサンプルが岡崎全体を代表しているのか、ということが問題となります。そこで、調査対象者は「ランダム・サンプリング」という手法を用いて選ばれています。これは、テレビの視聴率調査や世論調査などでも使われている手法です。なお、そもそもこの調査で岡崎が選ばれたのは、方言と共通語がほどよく使われているからというのが理由のようです。
さて、これだけであれば、「よくある言語調査」の一つ(!)になってしまいそうです。でも実はこれが世界最先端の調査なんです。なぜこの調査が世界最先端なのでしょう?
それはこの調査が1953年以来、ずっと継続されて行われている息の長い調査だからなんです。この間1972年に2度目の調査が行われ、今回が第3次調査ということになります。最初の調査から数えると実に半世紀以上の年月が流れているわけですね。
調査では、上に書いたようにランダム・サンプリングで選ばれた方々306名に加えて、前回に調査させていただいた方々62名、さらに前々回に調査させていただいた方々20名にも再び調査に伺いました。最初の調査に参加された方は、当時20歳であったとすると、75歳になっていらっしゃるわけです! その人に、「実は50年以上前にこういう調査でお伺いしました…」などと言いながら調査のお願いに上がるんです。もうほとんどドラマの世界ですね(笑) こんなとんでもない長さで行っている言語調査は、世界中を探しても国語研くらいなもののようで、こういうわけで「世界最先端の調査」となるのでした。
さて、岡崎敬語調査は敬語の変化そのもの以外にもさまざまなことを教えてくれます。特に、ことばの変化そのもののメカニズムについては、画期的なデータとなります。たとえば、言語学の常識の一つとして、「人はいったん言語習得期を過ぎたら、ことばの基本的な部分は変わらない」というのがあります。ところがこの常識が最近になり見直されてきています。変わりにくいとされてきた発音、アクセント、文法についても、言語習得期がとっくに終わったはずの人々で変わってきているというデータが次々と出てきているのです。こうした変化のことを、生涯変動(lifespan change)と言いますが、生涯変動分析は岡崎敬語調査のように、数十年というスパンで同じ人々を観察するような調査(実時間調査、横断調査)が次々と出てくるようになった最近になってやっと可能になったものです。
なお、似たような調査を国立国語研究所は山形県鶴岡市と、北海道富良野市でも行っています。これは地域社会で進行する共通語化をテーマとした調査ですが、やはり長期にわたる大規模言語調査を粘り強く続けています。国立国語研究所は、本当に凄いところですね。
岡崎敬語調査については、国立国語研究所に「敬語と敬語意識の半世紀」というサイトもあります(//www.kokken.go.jp/okazaki/)。調査計画、研究成果、そして調査の写真までアップしてあります(笑) こちらもどうかご覧下さいますよう<(_ _)>
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◇編集部より:岡崎敬語調査のウェブサイトは岡崎敬語調査(//www2.ninjal.ac.jp/longitudinal/okazaki.html)に変更されています。また、こちらには調査の写真等はございません。(2018年6月注記)