クラウン独和辞典 ―編集こぼれ話―

11 新正書法

筆者:
2008年6月2日

現時点での「ドイツ語正書法公式規則」は2006年8月1日から施行のもので、『クラウン独和辞典第4版』はこの規則を採り入れた最初の独和辞典である。他人様から「よくもまあこんなに早く作れましたね」と言われることがあるが、種を明かせば、正書法の諮問委員会が同年2月末に「勧告」を提出した時点で、きっとこの勧告通り実施されると睨(にら)んで対策を立て、編修作業を進行させたからである。同年夏に刊行されたDudenやWahrig の正書法辞典はただ確認のために利用することになった。それというのも諮問委員会のメンバーには、各ドイツ語圏代表に混じってDuden やWahrigの編集部や、出版界・ペンなどジャーナリストの諸団体からの代表もいたからである。

「新しい」というのは相対的概念であるから、1998年以来いくつもの「新正書法」が現れた。Duden の正書法辞典だけを取り上げてみても、第22版(2000年)、第23版(2004年)、第24版(2006年)のいずれも「完全新増訂版」(völlig neu bearbeitete und erweiterte Auflage)としている。『クラウン独和第4版』もいうなれば「最新の新正書法」に則った独和辞典である。その間の表記法の移り変わりの実例を一つ示すなら、「気の毒である、残念である」es tut mir leid < leid tun (21版:いわゆる旧正書法)⇒ es tut mir Leid < Leid tun (22版) ⇒ es tut mir leid/Leid < Leid tun od. leidtun (23 版) ⇒ es tut mir leid < leidtun (24版)といった具合で、この言い回しが記載される見出し語は leid から Leid へ、さらに新たな見出し語 leidtun へと変わる。『クラウン独和辞典第4版』本文第1頁最初の見出し語 a, Aから最終の1726頁最後の見出し語 z.Zt. までの、数の上でど真ん中に位置する見出し語をコンピューターで調べてもらったら Lüster「シャンデリア」であったが、正書法の在り方しだいでこれがMittepunkt「中心点」とか、あるいは Nabel「臍(へそ)」辺りまで移動していたかも…などとつまらぬことを考えてもみる。

筆者プロフィール

『クラウン独和辞典第4版』編修主幹 信岡 資生 ( のぶおか・よりお)

成城大学名誉教授 
専門は独和・和独辞典史
『クラウン独和辞典第4版』編修主幹

編集部から

『クラウン独和辞典』が刊行されました。

日本初、「新正書法」を本格的に取り入れた独和辞典です。編修委員の先生方に、ドイツ語学習やこの辞典に関するさまざまなエピソードを綴っていただきます。

(第4版刊行時に連載されたコラムです。現在は、第5版が発売されています。)