テレビで、ことばに関するクイズ番組を興味深く見ることがあります。勉強になったり、ど忘れしていたことを思い出させてもらったりすることもありますが、ときには、根拠の不明な「正解」を示されて驚くこともあります。
以前、ある番組で、「前代未聞」ということばについて、〈今回の選挙では前代未聞の大成功をおさめた〉という使い方は間違いだと解説していました。なぜなら、〈「前代未聞の不祥事」というように、悪いことが起きたときに使うのがふつう〉だからというのです。これはおかしな説です。
「日本語の誤り」をあげつらった本でも、「前代未聞の快挙」を不適切とするものがあります。「前代未聞」は〈これまでに聞いたことがないようなあきれたこと〉だとしています。これはもしかすると、『新明解国語辞典』の〈今まで聞いたことが無いような△変わった(あきれた)こと。〉という説明を不完全に理解した結果かもしれません。『新明国』では、「変わったこと、または、あきれたこと」と並記しているにすぎないのですが。
大きな辞書をちょっとでも調べれば、「前代未聞」がいいことに使われた例が明治以前からあることは明白です。また、『新明解四字熟語辞典』にも、谷崎潤一郎「少将滋幹の母」(1949-1950)の例が引いてあります。原文に当たってみると、次のように出ています。
〈時平が此(こ)の大納言の所へ年頭の礼を述べに来るなどと云うことは、嘗(かつ)て前例がないばかりでなく、前代未聞の事件と云っても差支えない。〉(『谷崎潤一郎全集 第十六巻』中央公論社 1982 p.186。字体・仮名遣い改める)
引用部分の前には、大納言が、左大臣時平の異例の訪問について驚喜したと書いてあります。大納言にとってめでたいことを、「前代未聞」と表現しています。
現代の例はどうかというと、なるほど、「前代未聞の犯罪」などの例もありますが、一方で、「無名の新人の抜擢(ばってき)」「超大作の映画」「首相のワイドショー出演」などについて「前代未聞」を使う例もあります。いいことか、悪いことかは関係ありません。
『三省堂国語辞典 第六版』は、は、この点をはっきりさせるべきだと考えました。「前代未聞」の用例として、「前代未聞の大事故」「前代未聞の快挙」の2つをあえて入れ、不祥事にも、また、快事にも使えることを示してあります。