地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第11回 田中宣廣さん:岩手弁 方言詩の世界

筆者:
2008年8月23日

このシリーズの第6回で『遠野昔話』を紹介しました。『遠野昔話』は遠野市の「とおの昔話舘」などで聴くのですが,岩手県には県全域で聴く「方言パフォーマンス」の『岩手弁 方言詩の世界』があります。

『岩手弁 方言詩の世界』は,ラジオを聴いている人から募集した,岩手県内の方言で作った詩です。IBC岩手放送(TBS系の地方テレビ・ラジオ局)のラジオ放送で,月曜日から木曜日は「朝からRADIO」という番組内の午前9時20分頃から5分間,そして,土曜日午後4時5分からの「岩手弁 方言詩の世界」で15分間,つまり,1週間に5日放送されています。ラジオなので「県全域で聴く」のです。

【菊池幸見アナウンサー】

【写真1 菊池幸見アナウンサー】

この放送局の菊池幸見(きくちゆきみ)アナウンサー(写真1:IBCのwebpageより)が朗読します。菊池アナウンサーは遠野市出身です。第6回のとおり,遠野市には方言を大切にする土地柄があります。彼も,方言に強い関心を持っています。

朗読の録音がCDになっています。株式会社徳間ジャパンコミュニケーションズから,これまで(2008年8月)に9枚出ています。2006年8月に「抒情編」「笑いと涙編」「お色気編」,同年12月に「家族編」「少年時代編」,2007年8月に「笑いと涙編パート2」「純情編」,2008年7月に「完結編か?!編」と(他とは趣を変えた)「番外みちのく編」が,それぞれ発売されました(写真2:©㈱徳間ジャパンコミュニケーションズ)。

【写真2 『岩手弁 方言詩の世界』】

【写真2 『岩手弁 方言詩の世界』】

最初のCDの「抒情編」から一部紹介します。筆者が聴き取った方言詩に,CDのブックレットにある共通語訳を( )内に示します。ブックレットには共通語訳だけが載っています。

題名:「寒の頃」
ラジオネーム(作者名):怪しい男
でゃんどごのみずがみもぞみずも(台所の水瓶も,雑水も)~でゃごもなっぱも(大根も菜っ葉も)~さっぱどすぃむぃですぃまってぃ(全部凍ってしまって)~えだどあげでそどむぃだぎゃー(板戸を開けて外を覗けば)~のぐぃのすぃたのたろしだー(軒下のつららは)~でぃごでぃごどこいで(でごでごと大きくなり)~さんじゃぐもごしゃぐもあすぃのばすぃてぃ(三尺も五尺も脚を伸ばして)~ずぃらずぃらどおすぃさまあだってまつぴちゃー(ぎらぎらとお日様に当たって,眩しい)~ゆんびなにでつるすぃだすぃみでゃーごんも(昨夜煮て吊した,凍大根も)~えろいぐすぎどーるよーぬぃすぃれぐなった(色良く透き通るように白くなった) ~後略~

ところで,方言詩自体は1300年以上の長い歴史があります。奈良時代の『万葉集』に,関東地方の方言による東歌や,その他庶民による方言そのままの歌も入っています。近代~現代の方言詩は,奈良時代のものとは違い,共通語と異なることばとしての方言を意識して作ります。この種のものの他の地方の例も確認しています。ただし,岩手県には大正時代からの伝統があります。宮沢賢治(花巻市出身)が方言で短歌を作っています。

その中で,『岩手弁 方言詩の世界』は二つの点から特別です。1点めは,ここに「詩」の原点があることです。作者はプロの詩人でなく,ふつうの人です。日常使うことばで,文学的テクニックをほとんど入れず,自分の気持ちを最もすなおに詩にしています。2点めは,方言経済学からみて,言語の商業的利用として確立されていることです。週に5日も民間放送のラジオで放送され,また,多数のCDが発売されています。他の地方にはないことのようです。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 田中 宣廣(たなか・のぶひろ)

岩手県立大学 宮古短期大学部 図書館長 教授。博士(文学)。日本語の,アクセント構造の研究を中心に,地域の自然言語の実態を捉え,その構造や使用者の意識,また,形成過程について考察している。東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。東北大学大学院文学研究科博士課程修了。著書『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』(おうふう),『近代日本方言資料[郡誌編]』全8巻(共編著,港の人)など。2006年,『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』により,第34回金田一京助博士記念賞受賞。『Marquis Who’s Who in the World』(マークイズ世界著名人名鑑)掲載。

『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。