このシリーズの第6回で『遠野昔話』を紹介しました。『遠野昔話』は遠野市の「とおの昔話舘」などで聴くのですが,岩手県には県全域で聴く「方言パフォーマンス」の『岩手弁 方言詩の世界』があります。
『岩手弁 方言詩の世界』は,ラジオを聴いている人から募集した,岩手県内の方言で作った詩です。IBC岩手放送(TBS系の地方テレビ・ラジオ局)のラジオ放送で,月曜日から木曜日は「朝からRADIO」という番組内の午前9時20分頃から5分間,そして,土曜日午後4時5分からの「岩手弁 方言詩の世界」で15分間,つまり,1週間に5日放送されています。ラジオなので「県全域で聴く」のです。
この放送局の菊池幸見(きくちゆきみ)アナウンサー(写真1:IBCのwebpageより)が朗読します。菊池アナウンサーは遠野市出身です。第6回のとおり,遠野市には方言を大切にする土地柄があります。彼も,方言に強い関心を持っています。
朗読の録音がCDになっています。株式会社徳間ジャパンコミュニケーションズから,これまで(2008年8月)に9枚出ています。2006年8月に「抒情編」「笑いと涙編」「お色気編」,同年12月に「家族編」「少年時代編」,2007年8月に「笑いと涙編パート2」「純情編」,2008年7月に「完結編か?!編」と(他とは趣を変えた)「番外みちのく編」が,それぞれ発売されました(写真2:©㈱徳間ジャパンコミュニケーションズ)。
最初のCDの「抒情編」から一部紹介します。筆者が聴き取った方言詩に,CDのブックレットにある共通語訳を( )内に示します。ブックレットには共通語訳だけが載っています。
題名:「寒の頃」
ラジオネーム(作者名):怪しい男
でゃんどごのみずがみもぞみずも(台所の水瓶も,雑水も)~でゃごもなっぱも(大根も菜っ葉も)~さっぱどすぃむぃですぃまってぃ(全部凍ってしまって)~えだどあげでそどむぃだぎゃー(板戸を開けて外を覗けば)~のぐぃのすぃたのたろしだー(軒下のつららは)~でぃごでぃごどこいで(でごでごと大きくなり)~さんじゃぐもごしゃぐもあすぃのばすぃてぃ(三尺も五尺も脚を伸ばして)~ずぃらずぃらどおすぃさまあだってまつぴちゃー(ぎらぎらとお日様に当たって,眩しい)~ゆんびなにでつるすぃだすぃみでゃーごんも(昨夜煮て吊した,凍大根も)~えろいぐすぎどーるよーぬぃすぃれぐなった(色良く透き通るように白くなった) ~後略~
ところで,方言詩自体は1300年以上の長い歴史があります。奈良時代の『万葉集』に,関東地方の方言による東歌や,その他庶民による方言そのままの歌も入っています。近代~現代の方言詩は,奈良時代のものとは違い,共通語と異なることばとしての方言を意識して作ります。この種のものの他の地方の例も確認しています。ただし,岩手県には大正時代からの伝統があります。宮沢賢治(花巻市出身)が方言で短歌を作っています。
その中で,『岩手弁 方言詩の世界』は二つの点から特別です。1点めは,ここに「詩」の原点があることです。作者はプロの詩人でなく,ふつうの人です。日常使うことばで,文学的テクニックをほとんど入れず,自分の気持ちを最もすなおに詩にしています。2点めは,方言経済学からみて,言語の商業的利用として確立されていることです。週に5日も民間放送のラジオで放送され,また,多数のCDが発売されています。他の地方にはないことのようです。