地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第10回 大橋敦夫さん:信州・佐久では鯉が出世魚

筆者:
2008年8月16日

それぞれの言語社会にあって、興味関心の深い分野の語彙は豊富になる傾向があります。

たとえば、広い草原を羊とともに移動しながら暮らしを立ててきたモンゴルをみてみましょう。モンゴル語では、羊の一般称であるホニのほか、年齢ごとに名前を分けて呼んでいます。

 ホルガ(1歳)→シュドゥレン(2歳)→ヒャザーラン(3歳)→ソヨーロン(4歳)

このように年齢とともに名前が変わっていくものの代表格は、日本語では「出世魚」ですね。

ブリ漁の盛んな三重県熊野灘沿岸では、①セジロ→②ツバス→③ワカナ→④カライオ→⑤イナダ→⑥ワラサ→⑦ブリのように7段階に呼び分けています。

また、ボラ漁の盛んな静岡県浜名湖地方では、①キララ→②オボコ→③イナ→④ニサイ→⑤ボラ→⑥トドと、6段階の区分があるそうです。

【佐久ホテルのランチョンマット】

【佐久ホテルのランチョンマット】

さて、信州・佐久地方では、古来、動物性たんぱくの摂取に鯉を重んじてきました。現在も、お正月のめでたい魚として、また、結婚披露宴などお祝いごとの料理には欠かせないものとしても親しまれています。名づけの上でも、養殖業界を中心に、

 アオッコあるいはコイッコ(稚魚)→トウザイ(当歳・1年目)→チュウッパ(中羽・2年目)→キリゴイ(3年目で出荷)

と、呼び分けられ、まさに「出世魚」として尊重されていることがわかります。

【佐久弁「桃太郎」】

【佐久弁「桃太郎」】

佐久を訪れ、鯉料理を楽しみ、おまけに佐久弁を親しもうとの計画には、佐久ホテル(佐久市岩村田)がオススメです。

現当主・篠沢明剛氏は、働き盛りの40代の「若手」ながら、佐久弁の達人(ながく地元のFMラジオ局で、佐久弁の番組も担当されていました)。地元・佐久と佐久弁と佐久鯉をこよなく愛する同氏経営のホテルのランチョンマットは、佐久弁の一覧表(お食事をした方には、無料サービス)です。また、お願いすれば、佐久弁「桃太郎」の語りも聞くことができます。

今夏は、ぜひとも佐久に「おいでなんし(お出かけください)」。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 大橋 敦夫(おおはし・あつお)

上田女子短期大学総合文化学科教授。上智大学国文学科、同大学院国文学博士課程単位取得退学。
専攻は国語史。近代日本語の歴史に興味を持ち、「外から見た日本語」の特質をテーマに、日本語教育に取り組む。共著に『新版文章構成法』(東海大学出版会)、監修したものに『3日でわかる古典文学』(ダイヤモンド社)、『今さら聞けない! 正しい日本語の使い方【総まとめ編】』(永岡書店)がある。

大橋敦夫先生監修の本

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。