岩手県の遠野市(とおのし)に,『遠野昔話(とおのむかしばなし)』という「方言パフォーマンス」があります。有名なので,知っている人も多いでしょう。たくさん(200~300)のお話が入っています。まとめて遠野昔話と呼んでいるのです。ほとんどのお話が「むがすあったずもな」で始まり,「どんどはれ」で結びます。これが遠野昔話のほぼ決まった形です。今回は,遠野昔話の方言にまつわる話です。
実は,遠野昔話のすべてが遠野のお話なのではありません。「カッパ淵」や「オシラサマ」など遠野で生まれたお話もありますが,「親父買ってきた男」や「食わず女房」のように狂言や落語によく似たお話があるものも多いのです。それに,昔話も遠野だけのものではありません。多くの他の地方にも似た民話があります。
それなのに,遠野昔話だけが有名なのは,たしかな理由があるからです。次の三つです。
一つめは,遠野昔話は,使っている言語がぜんぶ,遠野の方言であることです。これは遠野昔話の最も大きな特色です。他の地方の民話の多くは,ストーリー中心の言い伝えで,方言の使い方は多くありません。遠野昔話が語られるとき,お話のストーリーとともに,遠野方言を語り聞かせることにその意味があります。
二つめは,遠野昔話は,毎日(無休)決まった時刻に定まった料金で「生」で聞かせていることです。「語り部(かたりべ)」のおばあさんたち(現在は6人)が,「遠野市立とおの昔話村」の「遠野昔話語り部舘」に,交代で出演しています(写真1)。一般410円(入村料+昔話体験)です。//www.city.tono.iwate.jp/index.cfm/19,2212,75,htmlに案内があります。遠野市内には,この他にも生で聞ける場所があります。
三つめは,遠野昔話は,そもそも伝承すべき郷土文化であることです。遠野は,「民話の里」と呼ばれ,民話との深い関係があります。また,小学生に教えて「子ども語り部」として発表させるなど,次の世代に伝え残す努力が,長い間にわたりなされています。
この三つは,言語経済学でとても大切です。その場所に行けば定まった料金で毎日,郷土文化としての質の高い方言を,生で,聞くことができるのです。また,文字に起こされて単行本(写真2)で,録音されてCD(写真3)で,販売されています。写真は一つずつですが,本やCDはたくさんあります。遠野昔話の方言グッズも作られています。Tシャツ(写真4)と,ひょうたん(写真5)です。遠野昔話は,伝承すべき郷土文化であるとともに,言語の商業的利用としても確立されているのです。
おしまいに,ことばの説明をします。「むがすあったずもな」は,「昔あったということです」という話し始めのことばです。「ず」は「という=トユー>ツー>ズー>ズ」と変わって今の形になっています。「もな」はやさしく言うことばです。お話の結びのことば「どんどはれ」では,「どんど」は「すべて」,「はれ」は「はらい=祓い」です。お話しのおしまいに,その場(または聞く者の精神のうち)に漂っている言霊(ことだま)を,「すべて祓う」ためのことばだとされています。
この二つは,最近,応用した使われ方もあります。「どんどはれ」は元とは別の意味の当て字「どんど晴れ」で,NHK連続テレビ小説(2007年4月~9月)になりました。「むがすあったずもな」の「ずもな」は,遠野の地ビール「ZUMONA」(上閉伊酒造株式会社製:写真6)になりました。
「皆さん 遠野さ おでんすて むがすばなす ちーてがんせ」
(皆さん 遠野に いらっしゃって 昔話を 聞いてくださいな)
~~ どんどはれ ~~