「おくしょい」というお菓子が手に入りました。袋には、富山県入善地方の方言で「美しい」の意味だと書いてあります。手元の方言辞典で「おくしょい」を引いてみましたが、どれにも載っていませんでした。これまでに出た方言辞典は、各地で印刷・出版された学術的な方言集などをもとにしていて、方言みやげなどは資料にしないからでしょう。
気になってインターネットで「おくしょい」を検索しているうちに、「奥書院」を見て気付きました。これが語源でしょう。「奥書院」というのは寺の庭のことです。北陸は、浄土真宗の門徒衆の多いところですから、「奥書院」も見事で、よく手入れされています。「おくしょいん」の最後の「ん」を取り去って、「美しい」という形容詞にしたのでしょう。
日本語の形容詞は新しいことばを生み出す力を失ったと言われます。関西などで昔「きれい(だ)」から「きれかった」「きれくない」などを生み出したことがあります。隠語・流行語としては「はくい」「やばい」「ださい」などが生まれたし、「ナウな」から「ナウい」が生まれました。今東京付近では動詞の「違う」から「違かった」「違くない」ができて、さらに「ちげえ」という新形容詞が生まれました。富山県入善の「おくしょい」はまれな仲間にあたります。
方言の語源は、手順をふんで推定できます。形が似ていて、意味につながりがあることが条件です。形つまり発音が変化するには一定の規則性があります。意味の変化にもパターンがあります。現代の新語や若者ことばや新命名にも、法則性が見られます。この規則性や法則性を利用して、方言の語源も推定できます。古語に由来する方言は、たくさん見つかっています(*1)。
もしこのお菓子が出なかったら、「おくしょい」という珍しい形容詞に気づかなかったでしょう(第2回に出した富山方言番付表には「おきしょい」が載っていました)。お菓子の値段がいくらか、今は分かりません。しかし記録に残したという点からいうと、値打は無限大で、英語でいうpriceless(値段が付かないほど価値がある)にあたります。貴重なので全体を冷凍保存すればいいのですが、大型冷凍庫もないし、袋だけとっておくことにしました。甘いお菓子なので、太ると困るのですが、中身の誘惑には勝てませんでした。
方言みやげなどは俗っぽいと、ばかにしてはいけません。各地の方言が消え失せようとしている今、手がかりになりそうな情報にはすべてアンテナを張っておく必要があります。
そういえば今はインターネットを通じて多くの方言情報が手に入ります。ただし放っておくと削除されることもあります。現時点で全情報を集めて、整理するという企画が考えられますが、さて誰かやってくれないでしょうか。
【注】
井上史雄「方言」(『日本大百科全書』小学館、1986)