地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第5回 大橋敦夫さん:信州人の好きなことば―「ずく」をめぐって―

筆者:
2008年7月12日
【こずくまんじゅう】

肥後の「もっこす」、土佐の「いごっそう」など、それぞれのお土地柄の気質をあらわす方言がありますね。

県域が南北に長い長野県内では、それぞれの地域に特有の方言がある一方で、全県をおおう語もあり、その代表格が「ずく(=骨惜しみせず生産・創造活動に立ち向かう気力・活力)」と言えます。

2000年、NHK教育テレビでは、週1回、都道府県ごとに「ふるさと日本のことば」を放映しました。その番組制作に先立ち、NHK長野放送局では、「二一世紀に残したいふるさと信州のことば」を視聴者から募集しました。1か月あまりの間に2300通を超える便りが寄せられ、その中でもっとも多く取り上げられていたのが「ずく」だったそうです。

「ずく」という語を使うのは、長野県だけではありませんが、
  ○ずくがある……ちょっとしたことをするにも、よく精を出す
  ○こずくがある……こまごまとしたことにこまめに精を出す
  ○ずくやむ……ちょっとしたことにも骨惜しみをする
  ○ずくなし……無精者
  ○ずくなしばこ……こたつ
  ○ずくなしまめ……つるのないささげ
のように、勤勉であることに価値をおき、さまざまな使い方をする例は、ほかにないようです。

方言みやげ・グッズの観点から、「ずく」に関する長野県内の事例を見渡してみると、
  ①ずくだせ創造局(村おこし組織、上水内郡小川村 1989年)
  ②ずくなし人形(土産物、大町市:現物未確認)
  ③こずくまんじゅう(和菓子、上水内郡信濃町・長野市【写真参照】)
などが目に留まりました。

①のようなネーミングに利用される例は、今でも公私を問わずにありそうです。③の商品に添えられたしおりには、次のような説明が書かれています。

「こずく」とは、(中略)物事に立ち向かう気力や活力、根気といった意味を表現する言葉でございます。

小ぶりで上品なおまんじゅうを口にすると、「こずく」が出るような気がしてきます。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 大橋 敦夫(おおはし・あつお)

上田女子短期大学総合文化学科教授。上智大学国文学科、同大学院国文学博士課程単位取得退学。
専攻は国語史。近代日本語の歴史に興味を持ち、「外から見た日本語」の特質をテーマに、日本語教育に取り組む。共著に『新版文章構成法』(東海大学出版会)、監修したものに『3日でわかる古典文学』(ダイヤモンド社)、『今さら聞けない! 正しい日本語の使い方【総まとめ編】』(永岡書店)がある。

大橋敦夫先生監修の本

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。